教会を探索
ルーンたちは手分けをして敷地内を見て回る。
ルーンとフィルは教会の内側。
マキノとショウコは教会の外側。
それぞれ担当を分け、どこに何があるのかを確認した。
「きゅうっ、きゅうっ」
教会内を見て回ってしばらく経ち、ブルーテイルは小さな足でとてとてとルーンとフィルの少し前を歩いていた。
ふさふさの尻尾を揺らしながら気になるものを見つければ近づき、しばらく眺める。そしてまた歩き出し、別のものを見つければ今度はそちらへ。そんなことを繰り返しながらブルーテイルは実に楽しそうに教会の廊下を歩き回っていた。
「ふふ。興味津々ね、ブルーテイル」
「きゅうっ」
ルーンが微笑むと、呼ばれたのが分かったのかブルーテイルは振り返る。そしてすぐにまた別の場所へと歩いていく。
ルーンとフィルはそんなブルーテイルを眺めながら周囲を見渡した。
「この教会、外で見た時は思わなかったけど結構広いのね」
「村の中でも一、二を争うほどの大きな建物だってケイン先生に聞いたけど……なるほど納得だな」
「きゅうっ」
二人が話している間にもブルーテイルは忙しなく動き回る。
置かれている植木鉢。花壇。石造りの柱。その一つ一つへ近づいては鼻をひくつかせた。
「きゅ?」
そして、しばらく歩いたところでブルーテイルはぴたりと止まる。
「ブルーテイル?」
足を止めたブルーテイルにルーンが声をかける。見ると、ブルーテイルはひとつの扉を見つめていた。
「きゅうっ」
そしてその扉へ近づき、前足を上げて扉を爪でカリカリと引っ掻き始める。
「きゅう。きゅうっ」
「ブルーテイル」
ルーンは慌てて駆け寄り、ブルーテイルを抱き上げた。
「傷つけちゃ駄目よ」
「きゅう」
抱き上げられたブルーテイルは、扉を見つめたまま小さく鳴く。
「ここが気になるのか?」
扉に近づき、フィルが尋ねる。
「きゅうっ!」
ブルーテイルは元気よく鳴いた。
ルーンとフィルは顔を見合わせ、フィルが扉の取っ手に手を掛ける。
ゆっくりと回すと、カチャリと音を鳴らして扉が開いた。鍵は掛かっていないみたいだ。扉を押し開けると、その瞬間、眩い光が差し込んでくる。
「……っ」
フィルは目を細めた。
扉の向こうにあったのは、中庭だった。
大理石の階段が下へと続き、その先には石畳。庭の中央には一本の大きな木がそびえ立っている。
木の周囲には色とりどりの花が植えられ、吹き抜けになった天井からは陽の光が差し込み、風が自由に通り抜けていた。
「きゅうっ!」
ルーンの腕の中でブルーテイルが鳴き、彼女の腕から飛び降りた。
大理石の階段を軽快に駆け下り、石畳を駆け抜けてまっすぐ大きな木へ向かっていく。
「ブルーテイル!」
ルーンは慌てて後を追う。
フィルもその後を追った。
「きゅうっ!きゅうっ!」
木の根元まで辿り着くと、ブルーテイルは嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「この教会、こんなのもあるのか」
感心したように呟くフィルを通り過ぎ、ルーンも木の根元まで歩いて頭上を見上げる。高く、かなりの大木だった。
吹き抜けの天井から入り込んだ風が木の葉を揺らしている。さわさわと優しい葉擦れの音が中庭いっぱいに響いていた。
「…………」
ルーンは手を伸ばし、大樹の幹へそっと触れる。
「……?」
すると、ほんのりと温もりのようなものが掌へ伝わってきた。
「……ここの雰囲気、どこか似てるな」
その温度に首を傾げていると、フィルがぽつりと呟く。気にはなるが、ルーンは彼の方に顔を向けた。
「似てるって?」
「いや。アーバンの城にもさ、こんなような中庭があるんだよ」
フィルは木を見上げる。
「アーバン城に?」
「ああ。こんなでっかい木は流石にないけど、花とか池とか……似てるっていうか、そのままっていうか……」
フィルは少し考える。
「……そういえば、ここのシスターが、この教会は北の大陸にある城をイメージして建てられたって言っていたわ。もしかしたら、その城って……アーバン城のことなんじゃないかしら?」
ルーンは先ほどのシスターの言葉を思い出した。
「そうなのか?」
そう言うと、フィルは少し驚いた顔をしてもう一度中庭を見渡す。
「……ああ。だから似てるって感じるんだな」
そして納得したように頷き、左手首へ目を落とした。そこには銀色のブレスレットが嵌められている。
アーバン国の王である証のブレスレット。サクヤと母さんは元気にしているかなとフィルは少しだけ思った。
「きゅうっ」
その時、ブルーテイルが小さく鳴き声をあげる。
「ん?」
顔を向けるとブルーテイルは大樹を見上げ、そして、ぴょんと幹へ飛びついた。
次の瞬間、ブルーテイルはまるでリスのように素早く木を登り始め、あっという間に高い場所へ。
「ちょっと、ブルーテイル!」
ルーンが声を上げる。
しかしブルーテイルは止まらず、やがて遥か上空で枝分かれした幹の上へちょこんと乗った。
「……登ってっちゃったな」
「…………」
フィルは言い、ルーンは目を丸くする。
ブルーテイルの周囲で木の葉が揺れる。さわさわ。さわさわ。音を聞くと、ブルーテイルの耳がぴくぴくと動いた。
「きゅっ」
ブルーテイルが鳴く。
風が吹き、葉が揺れる。
「きゅうっ」
また鳴く。また葉が揺れる。
まるで、ブルーテイルと木の葉は会話をしているかのようだった。
それを見て、ルーンとフィルは顔を見合わせる。
「ブルーテイル!降りてきて!」
ルーンが呼びかける。
「…………」
返事はない。
「ブルーテイル!」
もう一度呼ぶ。
それでもブルーテイルは振り向かなかった。揺れる木の葉に夢中になっているようだ。
「……聞こえてないみたいだな」
「まったく……」
ルーンは困ったように腕を組む。
そして、息を吐いた。
「……仕方ないわね。マキノたちには悪いけど、しばらくここにいましょう」
「いいのか?」
「ええ。ブルーテイルが飽きるまでね」
「……まぁ、そうするしかないか。置いてくわけにもいかないもんな」
彼女の言葉にフィルは頭を掻く。
二人は揃って大樹を見上げた。
「きゅうっ」
高い枝の上から、またブルーテイルの鳴き声が聞こえてくる。
さわさわ。木の葉が風に揺れた。
「きゅっ、きゅうっ」
それに合わせるように、ブルーテイルが楽しそうに鳴く。
「……いつ終わるのかしら?」
「気長に待つしかないな、あれは」
ルーンとフィルは顔を見合わせ、大樹の根元へ腰を下ろす。頭上では木の葉が揺れて、その間から差し込む陽の光が二人の足元へ淡い影を落とした。
しばらくの間、二人は何も言わず、木の上で葉と戯れるブルーテイルの鳴き声を聞いていた。




