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ブルーテイル・ハピリス‐世界に嫌われているダークエルフが世界を救っては駄目ですか?‐  作者: aki.
4、わたしのくろいほうせき

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記憶





 夜中。

 静まり返った室内で、ルーンはふと目を覚ました。


「…………」


 暗い天井を見上げる。

 眠気の残る瞳をゆっくりと動かした。


「…………」


 ──また、いる。


 ベッドの傍ら。暗闇の向こうから、あの少女が顔を覗かせていた。紫色の瞳が、じっとルーンを見つめている。

 夢なのか、それとも現実なのか。もはやルーンには判別がつかなかった。


「……さがして、お姉ちゃん」


 少女が、小さな声で言った。


「ほうせき。くろいほうせき」

「………どうして、私に言うの?」


 純粋無垢な表情を浮かべる少女へ、ルーンは問いかける。

 少女はしばらく黙っていた。

 そして、にっこりと笑う。


「あのくろいほうせきは、お姉ちゃんのものだから」

「私の?」

「うん」


 少女は嬉しそうに頷いた。


「お姉ちゃんとわたしのくろいほうせき。誰のものでもない。お兄ちゃんのでも、ぱぱのでも、あの人のものでもない」


 幼い指が、ぎゅっと握られる。


「わたしとお姉ちゃんのほうせき。お姉ちゃんだけのほうせき」

「…………」


 胸の奥がざわついた。

 その言葉を聞いた瞬間、脳裏にあの日記帳が浮かぶ。

 そこに記されていた家族。

 父親。母親。二人の子供。

 仲睦まじく暮らしていた家族を引き裂いた、黒い宝石。

 そして、日記の中に何度も登場していた「娘」。あの娘とは、いったい誰だったのか。ずっと疑問に思っていた。


「…………」


 けれど。もう、その答えは目の前にいる。この少女だ。

 そして、あの日記を書いた人物は──。


「……あの日記」


 ルーンは呟いた。

 少女は何も答えずに、ただ笑っている。

 ルーンは布団から体を起こした。今日はブルーテイルがフィルの部屋で眠っている。そのため、この部屋にはルーンと少女しかいない。


「どうして貴女のものが私のものになるの?」


 問いかける。


「お姉ちゃんはわたしだから」


 少女は、当然のことのように答えた。


「え?」


 ルーンは首を傾げる。

 意味が分からない。

 少女は布団の上に跨るようにして座ると、ルーンと目線を合わせた。


「あの日記を見て、何も思わなかったの?」

「…………」

「……思い出してみて。ゆっくり」


 少女の声は穏やかだった。


「ひとつひとつの言葉を順番に追っていけば、きっとすぐに思い出せるよ」


 その笑顔はどこか寂しげにも見え、ルーンは眉をひそめる。

 記憶を探る。日記に書かれていた家族。

 父。母。兄。そして、妹。

 笑い声の絶えない家。

 それを壊した黒い宝石。

 家族の間に生まれた疑念。

 兄妹の間で交わされた言葉。

 父親が残した記録。

 ページを一枚ずつ思い返すたび、頭の奥が重くなっていく。


「…………」


 その家族は。

 自分の記憶にある家族と、あまりにもよく似ていた。

 父がいた。母がいた。兄がいた。

 そして、自分がいた。


「……ッ」


 突然、頭の奥に鋭い痛みが走る。


「……あ……」


 ルーンは額を押さえた。

 何かが引っかかっている。

 思い出せそうで、思い出せない。

 その感覚が、ひどく苦しい。


「ぱぱが忘れなさいって言ったの」


 少女が静かに言った。


「だからわたしは、お姉ちゃんは忘れたの」

「…………っ」

「だからまた、わたしはお兄ちゃんと仲良くなれた」


 痛みが強くなる。

 ルーンは頭を押さえながら、体を丸めた。


「な、……に……」


 何かが崩れていく。

 頭の中に積み重なっていた霧が、少しずつ晴れていった。


「………!」


 そして──蘇る。

 幼い頃の封じられた記憶。

 幼い自分。父親の姿。母親の笑顔。隣にいた兄。家族で過ごした日々。何気ない会話。一緒に笑った時間。

 自分は、確かにそこにいた。

 けれど、その記憶には決定的に欠けているものがある。


 黒い宝石。

 その存在だけが、まるで最初から切り取られていたかのように消えている。


「……これは、……私の記憶……、だけど……っ」


 思い出さなくても家族のことははっきりと覚えている。

 父親の顔も、母親の顔も。一緒に笑い合ったことも。あの頃の記憶はルーンにとって大切なものだ。

 なら、この記憶は何。自分の知らない自分と家族の記憶。


「っ、」


 ルーンは荒い息を吐き、首を振った。


「思い出した?」


 少女は微笑む。


「……そう。それがお姉ちゃんの記憶」


 少女は自分の胸元へ小さな手を置いた。


「同時に、わたしの記憶でもあるの」

「…………」

「ぱぱは、わたしとお姉ちゃんの宝石を奪い取って、どこかに隠してしまったの」


 少女の声が、ほんのわずかに遠のく。


「だから……──」


 そこで、言葉が途切れた。

 ルーンは続きの言葉を待ったが、しかし少女はそれ以上何も語らない。ただ静かに、ルーンを見つめている。

 ルーンは息を整えながら、蘇った記憶を一つずつ整理していった。


「はぁ……」


 日記に記されていた娘。

 それは、自分。

 ならば。日記に記されていた家族は──。


「……私の家族……」


 呟いた瞬間、背筋が凍る。

 日記を書いた人物。それは自分の父親だ。

 そして、黒い宝石を巡って対立していた兄というのは…。


「っ……」


 ルーンは息を呑んだ。

 さらに別の記憶が押し寄せてくる。

 両親が命を落としたあの日。

 刻印を持つ男たちが暴走し、集落中を駆け回っていたあの日。

 危険を避けるため、ルーンとリースレッドは地下室へ避難させられた。

 そこにいろ。外へ出るな。

 そう言われていた。


 けれど。

 幼いルーンは外へ出た。

 リースレッドの隙をついて。


「…………?」


 ──いや、違う。

 隙をついたのではない。

 兄は──わざと、自分を外へ出したのだ。

 その事実を思い出した瞬間、記憶の景色が鮮明になる。


 外へ飛び出した自分。

 両親を探して走り回り、そして──。


「ルーン、来ちゃ駄目!」


 母親の声。

 顔を向けた先に、両親がいた。

 父親が自分を庇った。

 そして父親は、その場に崩れ落ちた。

 幼い自分は、ただ呆然と見ているしかなかった。

 感じたのは悲しみか。恐怖か。あるいは後悔か。


「…………」


 違う。そのどれでもない。

 あの時、自分の中にあったのは。


 "無"だった。何もなかった。


 あの時、ルーンは何も感じなかった。


 その後、リースレッドが現れ、幼いルーンを抱き上げて逃げた。

 安全な場所へ連れて行くために兄は自分を連れて逃げた。刻印の男たちから守るために、自分を殺されないように。そう思っていた。


 その時の兄の表情が、記憶の中で鮮明に蘇る。


「…………!」


 ルーンの瞳が大きく見開かれた。


 あの時、自分はリースレッドを見ていた。

 その顔を。幼い自分は見ていた。


 ──あの時、兄は笑っていた。


「…………っ」


 ルーンの喉から、かすかな息が漏れる。

 蘇った記憶の中の兄は、両親を失った直後であるにもかかわらず。妹を抱えながら確かに笑っていた。嬉しそうに。満足げに。


 そして、その兄に抱えられている自分も…。


「っ!」


 ルーンの体が震える。

 目の前の少女は何も言わなず、ただ静かにルーンを見つめていた。その瞳は、自分と同じ紫の瞳。


 そしてルーンは、ようやく理解する。

 この少女は、見知らぬ存在などではなかった。


「だから……さがして。お姉ちゃんの、くろいほうせき」


 少女は言う。

 そしてその姿は、夜の闇へ溶けるように消えていった。


「……………」


 あとには、震えるルーンだけが残される。

 胸の奥で何かが大きく崩れ落ちる音がし、ルーンは唇を噛み締めた。



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