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ブルーテイル・ハピリス‐世界に嫌われているダークエルフが世界を救っては駄目ですか?‐  作者: aki.
4、わたしのくろいほうせき

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さがして





 ルーンは夢を見ていた。

 それは、幼少の頃の夢だった。


 窓から柔らかな陽光が差し込む、温かな家。テーブルの上には母の手料理が並び、その向こうでは父が穏やかに笑っている。隣には兄の姿があった。

 何気ない出来事に笑い合い、他愛のない会話を交わす。その姿が、明日も、その先も、変わらず続くのだと信じていた。


 優しく、幸福に満ちていた。


 ――刻印を持ったあの男たちが現れる、その時までは。



+



「…………」


 ルーンは目を覚ました。

 暗い天井が、ぼんやりと視界に映っている。

 しばらくの間、思考は定まらなかった。まだ意識が夢と現実の境界に留まっているような感覚。


 静かな室内。

 夜の冷えた空気。

 掛け布団の重み。


「……?」


 その中で、頬を伝う感触に気づく。

 指先で頬に触れると、そこは濡れていた。指先に残った涙を見つめ、ルーンは小さく瞬きをする。


「……夢、?」


 掠れた声が漏れた。

 上体を起こし、先ほど見ていた夢を思い返す。


 両親がいた。

 兄がいた。

 そして、幼い自分がいた。

 皆で笑っていた。


 今となっては遠い、遥かな過去の光景。


「…………っ」


 胸の奥が、わずかに痛んだ。

 両親の顔が脳裏に浮かぶ。


 優しかった母。

 料理が得意で、常に家族のために食事を用意してくれた。


 そして父。

 多忙な中でも時間を見つけ、自分と遊んでくれた。


 あの頃の記憶は、今も彼女の中に残っている。

 失うことのできない大切な記憶だった。


「…………きゅ?」


 そこで、小さな声が聞こえる。

 視線を落とすと掛け布団の上で丸くなっていたブルーテイルが、ゆっくりと顔を上げていた。

 黒く丸い瞳が、じっとルーンを見つめている。


「……起こしてしまったかしら」

「きゅ……」


 ブルーテイルは眠たげに瞬きをした。

 ルーンは口元を緩め、その小さな体へそっと手を伸ばす。撫でると、ブルーテイルは心地よさそうに目を細めた。


「ふふ……」


 その様子を見ていると、張り詰めていた緊張がわずかに緩んでいく。

 もう一度、優しく撫でる。

 柔らかな毛並みを指先に感じながら、ルーンは静かに息を吐いた。


「………さがして」

「……え?」


 その時、声がした。

 ぴくりとルーンの手が止まる。


 今、誰かの声が聞こえた。

 慌てて周囲を見渡す。

 室内は暗く、窓も壁も家具も、すべてが夜の闇に沈んでいた。


「!」


 そして、見つけた。

 襖の近くに人影が立っている。


「…………」


 小柄な影。

 それは子供のようだった。

 暗闇のため、表情まではわからない。


「さがして。ほうせき……」


 ぽつりと声が落ちる。

 目を凝らせば、徐々に、その姿が輪郭を帯びていく。


 黒いワンピース。

 長い髪。

 小さな体。


「……!」


 ルーンは息を呑んだ。

 彼女には見覚えがあった。

 以前、学び舎で目にした少女だ。


「さがして……」


 少女は同じ言葉を繰り返す。


「……あなたは、誰なの?」


 緊張した面持ちで、ルーンは問いかける。

 しかし少女は答えない。


「さがして。ほうせき……」

「…………」

「わたしの、くろいほうせき……」


 ルーンの表情が強張る。


「……宝石を探しているの?」


 少女は応じない。

 ただ同じ言葉を繰り返す。


「さがして。ほうせき。わたしのほうせき……」


 胸の奥がざわつく。

 言い知れぬ不安が広がっていく。

 ルーンの身体がわずかに震えた。

 その変化に気づいたのか、ブルーテイルが顔を上げる。


「きゅ?」


 不安げな声。

 ルーンはブルーテイルに視線を向け、再び少女へと目を戻した。

 少女はゆっくりと歩みを進めてくる。一歩。また一歩。確実に距離を詰めてきた。


「さがして……わたしのほうせき……」

「…………」


 ルーンは布団から離れようとしたが、しかし身体が動かない。


「……っ」


 逃げなければ。

 そう理解しているにもかかわらず、手足が言うことを聞かなかった。


「きゅう!」


 その時、突然ブルーテイルがルーンの胸元へ飛び込んでくる。


「……!」


 小さな体が寄り添う。

 まるで"落ち着いて"と言われているようだった。


「大丈夫よ……」


 声が、わずかに震える。


「さがして……」


 少女がさらに一歩近づく。


「わたしのほうせき……」


 そして。


「……お姉ちゃんのほうせき」

「……!」


 心臓が跳ねた。

 ルーンの瞳が大きく見開かれる。

 少女は目の前にいた。

 小さな顔が、ゆっくりと近づいてくる。

 視界いっぱいにその姿が広がる。


「…………っ」


 息が詰まる。

 声が出ない。

 額に冷や汗が滲む。


 少女の瞳が、真っ直ぐにルーンを見つめていた。


「お姉ちゃんのほうせき」


 静かな声。


「さがして」

「…………」

「お姉ちゃんのほうせき」


 その言葉が、頭の中に反響する。

 聞いているうちに、胸の奥に何かが引っかかった。

 知らないはずの言葉。

 黒い宝石なんて、知らないはずなのに。

 それなのに。その言葉を聞くと、胸の内側にある何かを揺さぶられているような感覚があった。


「……わたし、の……ほうせき」


 ルーンの唇が震える。

 自分でも理由がわからないまま、その言葉が零れた。


「さがして……」


 少女の口元が、わずかに緩む。


「…………」


 そして。

 少女の姿は静かに闇へと溶けていった。


 輪郭が薄れ。

 髪が消え。

 黒いワンピースも消失し。


 やがて、その存在そのものが消え去る。


「…………」


 静寂が戻る。

 ルーンはしばらく動けなかった。

 やがて、ようやく身体に力が戻る。


「……はっ」


 小さく息を吐く。

 動ける。先ほどまでの麻痺が嘘のようだった。


「きゅう?」


 胸元からブルーテイルが顔を覗かせる。

 不安げな視線。

 ルーンはその小さな体に触れた。

 指先がまだわずかに震えている。


「……大丈夫よ」

「……きゅう」


 落ち着いた声を出す。


「何でもないわ」


 そう言いながら、ブルーテイルを優しく撫でた。

 何度も。何度も。

 自身も落ち着かせるように。


「…………」


 少女の言葉が頭から離れない。


 ――お姉ちゃんのほうせき。

 ――わたしの、くろいほうせき。


「…………」


 ルーンは俯いた。

 黒い宝石。その言葉が胸の奥に重く沈む。

 でも、今は考えたくなかった。

 少しだけ落ち着く必要がある。

 そう判断したルーンはブルーテイルを抱き上げ、布団から立ち上がった。


「水でも飲みましょうか」

「きゅ」


 足を動かす。

 足元は不安定だった。

 襖を開けると、冷えた夜気が頬を撫でる。


「……………」


 ルーンは背後を振り返る。

 暗い室内には誰もいない。

 当然のように少女の痕跡もない。


「…………」


 静かに襖を閉める。

 ブルーテイルを抱いたまま、ルーンは廊下へと歩みを進めた。

 その胸の奥には、先ほどの夢とは異なる不可解な記憶の断片が残っていた。



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