親友のために
精霊の森を後にしたカケラたち一行は、港町へと戻ってきた。町へ着くと、一度宿へ立ち寄り、荷物をまとめて身支度を整える。
そして彼らはそのまま船着場へ向かった。港には多くの船が停泊しており、船員たちが慌ただしく行き交い、乗客たちもそれぞれの船へと向かっている。
カケラとコロタマは西の大陸へ。シオンとアラタは東の大陸へ。それぞれ行き先が異なるため、ここで別れることとなる。
チケットを購入し、それぞれの乗船先を確認する。カケラたちの船の出港時間が先に訪れ、短い言葉を交わしたカケラは船へ乗り込んでいった。
『ばいばーい!』
コロタマも船へ乗り込む直前、シオンたちへ向かってぴょんと跳ねる。
そして全員の乗船が終わり、船は港を離れていった。
残されたシオンとアラタも自分たちの船が出るのを待つ。見ると、船員たちは甲板へ荷物を運び入れている途中だ。
シオンは少し離れた場所から、その様子を眺める。
「シオン!」
その時、聞き覚えのある声が港に響いた。声のした方へ顔を向けると視線の先。そこには、一人の女性がいた。
緑色のポニーテールを風になびかせながら、こちらへ走ってくる。
「……リリア」
シオンは呟く。
リリアはそのまま二人のもとへ駆け寄ると、膝に手をつき、荒くなった息を整えた。
「はぁ……はぁ……」
胸に手を当て、何度か呼吸を繰り返す。
「……よかった、間に合って。セシルさんに聞いたら、シオンたち……もう大陸を出るって言うから……見送りに来たの」
「……そうか。忙しいのに悪いな」
「ううん。これくらい当然だよ」
息を整えて上体を起こし、リリアは笑った。そこでふとシオンの隣へ視線を向ける。
「………えと」
リリアの瞳に映る赤髪の知らない男性。彼…アラタを見つめ、彼女はきょとんと首を傾げた。
「貴方は?」
「あ」
見つめられ、アラタの身体がぴくりと反応する。突然話を振られた彼は、どこか緊張した様子で姿勢を正した。
「お、俺、アラタっていいます!シオンとは、さっき知り合って……仲間になって……!」
頬を赤くしながら答えるアラタ。
その言葉を聞いたリリアはシオンとアラタの顔を交互に見た。そして口元を緩ませる。
「そうなんですね。はじめまして。私はリリアっていいます。よろしくお願いします、アラタさん」
「…………!」
柔らかく笑い、リリアは頭を下げる。その仕草にアラタはぴくっと身体を硬直させた。
肩が小さく震える。その後、すぐさまシオンへ顔を寄せた。
「な、なぁ……!この子、お前の彼女か何かなのか!?」
リリアには聞こえないように小声で尋ねる。シオンは特に表情を変えずに答えた。
「いや。幼馴染だ」
「お、さななじみ……っ!」
アラタの目が大きく見開かれる。
「マジか。えっ、じゃあこの子がお前の幼馴染?……こんな可愛い子が幼馴染とか……。羨ましいな、お前」
「…………」
シオンは何も答えなかった。
「お客様ー!乗船をお願いします!」
その時、船員の声が響く。どうやら荷物の積み込みが終わったらしい。
船と桟橋を繋ぐタラップが降ろされ、待っていた乗客たちが一斉に船へ向かって歩き始めた。
「……俺たちも行くぞ」
シオンが言う。
歩き出すと、リリアも彼についていった。
「! ちょ、ちょっと待てよ!」
アラタも慌てて足元に置いていた荷物袋を担ぎ、二人の後を追う。
タラップを渡って船へ乗り込み、シオンとアラタは手すりに手を置いて桟橋に残ったリリアを見下ろした。
乗客が全員乗り込んだことを確認した船員が声を張り上げる。
「出港ー!」
そして、船がゆっくりと動き始めた。桟橋と船との距離が少しずつ開いていき、リリアは笑顔でシオンたちに向かって手を振る。
「気をつけてー!」
その言葉に応えるようにシオンが小さく手を上げる。その隣では、アラタも大きく手を振っていた。
船はだんだんと港を離れ、次第にリリアの姿が小さくなっていく。
「はー……。なんかさ、女の子に見送られるのっていいよな」
アラタはその姿を見つめながら、しみじみと呟いた。
「……顔が緩いぞ」
「緩くもなるだろ、そりゃ。…あー、いいよなぁ。あんな可愛い子がそばにいる生活とか、だいぶ憧れなんだけど」
「お前、記憶がないんじゃないのか?」
「ないから憧れるんだろ?記憶がない俺に優しく接してくれる可愛い幼馴染とか夢だろ」
「………………」
ニヤついた表情で即答したアラタをシオンは黙って見つめた。何も言わずに彼は目を細め、体を反転させて腕を組む。
「おめでたい頭の持ち主だな、お前」
「そうか?」
アラタはニヤついた顔のまま答えた。
「あ。なぁ。リリアちゃんって、シオンの彼女じゃないんだよな?」
「……?」
「彼氏とかいるのかな?」
アラタはハッとしたようにシオンの方に顔を向ける。その質問にシオンは心底面倒そうに息を吐いた。
「さあな。そんな話は聞かない」
「そうか。じゃあ俺、少しアプローチしてみるかな」
「やめろ」
アラタは顎に手を添えて、ぽつりと呟く。するとシオンの返事は早かった。
「ん?」
そのあまりにも早い返答にアラタはきょとんとする。
「なんで?」
「…………」
シオンは答えなかった。
答えられなかった、と言った方が正しいのかもしれない。
「…………、」
なぜ『やめろ』と言ったのか。
自分でも分からなかった。
あの言葉は、考えるより先に口から出た。何故。
わけがわからなくて、シオンは眉間に皺を寄せる。
「……なんでもだ」
腕を組み直す。
「あいつには手を出すな」
その言葉にも、自分で気づいていない何かが滲んでいた。
アラタはそんなシオンをじっと見つめる。
そして──
「…………ふぅん。なるほど。そういうことか」
口元がゆっくりと緩んだ。
「………何だ」
「ん。んーん、別に?…そっかそっか」
「…………」
「無愛想なツラのわりに、お前もそういうのはあるんだな」
「は?」
楽しそうに笑うアラタにシオンは眉をひそめる。
アラタは口元を緩ませたまま、どこか意味ありげに笑っていた。
「……何を勝手に納得している。その笑いは何だ」
「いやいや。何でもないってぇ。そういうことなら安心しろよ。リリアちゃんには手ぇ出さないでやる!『親友』のためだからな!」
「…………」
腰に手を当て、得意げに胸を張る。
シオンはしばらく無言でアラタを見つめた。何をどう解釈したらそんな結論になるのか。まるで分からない。
「…………」
シオンは視線を逸らした。
「……(よく喋る奴だ)」
深く息を吐く。
その隣ではアラタがまだ楽しそうに笑っていた。
港町はもう遠い。
二人を乗せた船は、東の大陸を目指してまっすぐ進んでいく。




