どこかで見た景色
コンクリートの建物を離れ、木造の小屋へと戻る道。木々の間を歩きながらアラタは前を行くシオンたちを眺めていた。
しばらく無言で歩いていたが、ふと気になったことを口にする。
「んで、これからお前らはどうするんだ?」
そう聞かれ、シオンとカケラは顔を見合わせた。
「私は戻る。これでも忙しい身なのでな」
「へぇ。……シオンも?」
「ああ」
カケラが頷きながら答えると、シオンも頷く。
「君はどうするんだ?」
「俺?俺はシオンについてくさ。そばにいるって決めたし」
逆に尋ねられ、アラタは少しだけ目を丸くしたが口元を緩ませて答えた。それは、あまりにも迷いのない返答だった。
「これからは、お前が何をしようが何処に行こうが、ずっと付いてくからな!」
「…………ああ」
宣言されたシオンは、あからさまに面倒そうな表情を浮かべ、もう一度頷く。
そんなシオンの反応を見たアラタは満足そうに歯を見せて笑った。
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「エイル。これを預かってほしい」
「ん?」
精霊の森の出口。その直前で足を止め、シオンはエイルに声をかけた。振り返ると、シオンは懐からいくつかの宝石を取り出す。
紫。白。青。緑。これまでに手に入れてきた宝石たちをエイルへ差し出した。受け取った宝石を見つめ、彼は目を見開く。
「これは……!」
四つの宝石はまるで互いの存在を確かめ合うかのように、ほのかな光を放っていた。
「ん?なんだ、それ?」
アラタが横から顔を覗かせる。
その問いにシオンはエイルの掌に乗る宝石を見つめたまま答えた。
「これは、カラーの落とし物だ」
「落とし物?」
「『なり損ない』とも言うがな」
「…………へぇ」
腕を組みながら答えたシオンにアラタは軽く頷く。理解したのかしていないのか。その表情からはいまひとつ判断できない。
そこへ、ころころとコロタマがアラタの足元まで転がってくる。その場でぴょんと跳ね、ピピッと電子音を鳴らした。
『アラタ。理解放棄?』
「ん…。…うん。頭のためにもその方がいいな」
『ピピ』
少し考えてそう言うと、コロタマがどこか納得したように鳴く。
その会話を聞きながらエイルは小さく息を吐き、宝石を眺めた。
「残りの赤の宝石は?」
「ドワーフの村にある。代々から伝わる神聖なものらしくてな。一度手にしたが、返した」
「なるほど…。…わかった。これは黒の宝石とは違う。別の場所に保管しておこう」
シオンの言葉を聞いて、エイルは頷いた。
その瞬間──パァッ!と、突然、森全体が眩い光に包まれる。
「な、なんだ!?」
『わっ!わっ!』
アラタとコロタマが同時に声を上げた。
風が吹き抜ける。木々が大きく揺れ、草花が一斉に波打った。その向こうでは、森のあちこちで小さな光が舞い始める。
妖精たちだ。楽しそうに飛び回り、くるくると踊っている。
『わぁ……!』
コロタマがぴょんぴょん跳ねた。
木々の隙間から差し込む光。舞い上がる葉。草花の間を駆け抜ける風。妖精たちの笑い声。
そのすべてが一つになり、森そのものが祝福しているようだった。
アラタは呆然と周囲を見渡す。
「……すげぇ」
「これは、世界樹の加護だ」
カケラが静かに言った。
「世界樹の……?」
「……毎度毎度、律義なものだな」
シオンも空を見上げる。
その声には、ほんのわずかに柔らかなものが混じっていた。
「だが、そのおかげで私たちは今こうしていられる。感謝すべきだ」
カケラはそう言うと、被っていたフードを脱いだ。世界樹のある方角へ向かって一礼する。風が彼の髪を揺らした。
シオンはそんなカケラを一瞥すると短く息を吐き、先に歩き始める。
「じゃあ、道中気をつけろよ」
エイルが声をかける。
「また何かあればここを訪ねるかもしれない。その時は頼む」
「ああ」
そして、カケラもシオンの後を追って歩き始める。
コロタマも、
『エイル、ばいばい!』
と、別れを告げ、ころころと転がっていった。
「…………」
だが、アラタだけはその場に立ち尽くす。
先ほどまでの明るい表情は消え、眉をひそめ、腕を組んで、じっと森を見つめていた。
そんな彼の様子にエイルは首を傾げる。
「どうした?あいつら行っちまったぞ?」
「………ああ」
返事はする。
しかしアラタは動かない。
エイルはしばらく彼を見つめていたが、そこでふとアラタの周囲に漂っている妙な気配に気づいた。
殺気とは違うが、それに近い。鋭く静かな気配だった。その発生源はアラタの胸元。
「…なぁ。…お前、武器とか持ってるか?」
「え?」
眉をひそめて聞くと、アラタは顔を向けた。
「胸のところ。何か入ってるだろ」
「……」
「見せてくれないか?」
「………どうして?」
「確認だよ。すぐに返す」
「………」
アラタは少し迷った。
だが、やがて上着の内ポケットへ手を入れる。
取り出したのは、一丁の銃。
エイルが受け取った瞬間、周囲の気配がさらに強くなった。
「お前、これを何処で?」
「何処でって…。それは貰ったものだ。今の俺に必要なものだからって」
「誰に?」
「誰かは言えない。『言うな』って釘刺されてっから」
「…………そうか」
エイルはそれ以上追及しなかった。
銃をアラタへ返し、受け取ると彼はそれを内ポケットへ戻す。そして、また森を眺めた。
「……この景色に何かあるのか?」
再び、エイルが尋ねる。
「そういうわけじゃない。……だけど、この景色……どっかで見たなって思って」
「どこか?」
「ああ」
「それは変だ。この景色は、この森でしか見られない」
「そうなのか?……じゃあ、何で見覚えがあるような気がするんだろ。ここに来たのは初めてなのに」
驚いたように目を瞬かせ、もう一度森を見る。
アラタの声は、先ほどまでとは違っていた。困惑。自分でも理解できない記憶への戸惑い。
「考え込むのはいいが、それは森を出てからにしてくれないか?」
「……?」
「早くしないと、シオンたちにどんどん置いてかれるぞ」
「…………あ!」
エイルが腕を組んで言うと、アラタは目を見開いた。
慌てて振り返る。先を見ると、すでにシオンたちの姿は小さくなっていた。
「やべっ!…じゃあな、エイル!」
アラタは慌てて走り出す。
森の出口へ駆けていき、そのままシオンたちの後を追って精霊の森を出ていった。
「…………」
エイルはその背中を見送る。
アラタが森の外へ出た瞬間、森を包んでいた光が消えた。
風が止まり、妖精たちも姿を消す。揺れていた木々も、いつもの静けさを取り戻していく。
「…………」
エイルはしばらく森を眺めていた。
「……ふあぁ」
そして、気が抜けたか大きく欠伸をする。
「さて……戻るか」
そう言いながら踵を返す。
すると、ふわりと風が吹いた。
木々の葉が揺れ、その向こうから何かの声が風に乗って届く。
「…………」
足を止めて耳を澄ますと、もう一度声が聞こえた。声を聞くとエイルの口元がわずかに緩み、再び歩き出す。
その背中を、木漏れ日が静かに照らしていた。




