新たな仲間
エイルの後を追って歩いていたカケラとコロタマは、やがて周囲を高いコンクリートの壁に囲まれた建物へと辿り着いた。
森の中にひっそりと佇むその建物には窓らしい窓もない。外から見れば何のために存在しているのかすら分からない無機質な箱だった。
「…………」
エイルは何も言わず、建物の入口へ向かう。そして先ほどの黒いキーホルダー付きの鍵を、重厚な扉に備え付けられた鍵穴へ差し込んだ。
ガチャリ。と、低い音が響く。
扉がゆっくりと開かれ、エイルはその中へ足を踏み入れた。カケラたちも続く。
建物の中は薄暗く、空気はひんやりとしていた。しばらく進むと、地下へ続く階段が現れる。
「この下か?」
「ああ」
エイルの返事は短い。
一行は階段を下りていく。
コツコツコツ。二人分の足音とコロタマが床を転がる小さな音だけが響いた。
階段が終わると、そこに一つの小さな扉が見える。扉を開き、最初に視界へ飛び込んできたものを見て、カケラは足を止めた。
部屋の中心。そこには台座が置かれていた。その上にあるのは、黒い宝石。ガラス製の頑丈なケースに収められ、周囲から伸びた幾本もの鎖によって厳重に固定されている。
『あった!黒いの!』
コロタマがぴょんと跳ねる。
その場で止まったカケラとエイルは、ケースの中にある黒い宝石をじっと見つめた。
「……この宝石は、ダークエルフの男から預かったと言っていたな」
「ああ」
エイルは頷く。
「ダークエルフの集落に立ち寄った時にな。……おそらく、その男がコロタマが見せてくれた日記を書いた男だ」
黒い宝石は、ケースの中で不気味な光を放っている。
その光は決して強くはない。
それでも、目を逸らしたくなるような異様な存在感があった。
「やはり、この宝石と日記にあった宝石は同じものか。違っていて欲しいと思っていたが……」
カケラの声が低くなる。
その時、背後から足音が聞こえた。
エイルが振り返ると、階段の奥から二人の男がこちらへ歩いてくる。
一人はシオン。その隣には赤い髪の男。
『ぬ?』
男の姿を見て、コロタマが反応する。
『ぬー!!』
そして次の瞬間には勢いよく跳び上がり、まるで弾丸のように赤髪の男へ突進していった。
「おっと」
男は咄嗟に両腕を動かす。
コロタマの体が腹部へぶつかる寸前、その小さな銀色の球体を両手で受け止めた。
『ぬぬぬぬー!!』
しかし、コロタマは止まらない。
男の腕の中でぐるぐると回転しながら、なおも彼へ向かっていこうとしていた。
「ははっ。このロボ、血気盛んだな」
「コロタマ、やめろ。そいつはもう敵じゃない」
シオンが言う。
その言葉を聞いた途端、コロタマの動きがぴたりと止まった。
『……ぬ?』
きょとんとした様子でシオンを見る。
「カケラ、遅くなった」
「かまわん」
カケラはそう答え、赤髪の男へ視線を向ける。
「……それより、その男……連れてきたのか?」
「…………複雑な事情があってな」
シオンは腰に手を当て、疲れたように息を吐いた。
赤髪の男は、両手に抱えたコロタマを興味深そうに眺めている。
「へぇ。こいつ、見た目に反して軽いんだな。中身どうなってんだ?」
『わー!やめて!やめて!』
男が両手を動かすたび、コロタマの体がポンポンと掌の上で跳ねる。
『わー!わー!』
本人の意思とは関係なく飛ばされ続け、満足したか男は手を止めた。
『ふきゅう……』
ピピピ……。と、目をぐるぐると回しながら小さな電子音を鳴らす。
「おっ。ちゃんと目も回すんだな」
「コロタマで遊ぶのはやめてくれないか」
それをじっと見つめていたカケラが淡々と告げた。
「それで、そいつは誰だ?」
エイルが尋ねる。
男はカケラへコロタマを投げ渡し、そして腰に手を当て、堂々と名乗った。
『……ふきゅ……』
受け止めると、コロタマはまだ目を回している。
「初めまして。俺はアラタ。訳あって記憶がなくて、シオンのそばにいるって決めた男だ。よろしく!」
口元を緩ませ、声高らかに言う。
あまりにも簡潔で、そして妙な自己紹介だった。シオンは、何て自己紹介だと眉をひそめる。
対して、カケラとエイルはぽかんとしていた。
「記憶がない、だと?」
「ああ。気づいたら浜辺に倒れてて、それ以前の記憶はさっぱり」
アラタは肩をすくめる。
「シオンのそばにいる、というのは?」
「んー……。それに関しては説明ができないんだよな……」
アラタは腕を組んで考える。
「……そんなわけで、こいつは俺たちの仲間になった。仲間になれば、諸々の問題はなくなるからな」
すると、シオンが口を挟んだ。
話は終わり。そう言わんばかりにシオンはアラタから視線を外し、部屋の中心へ歩く。
そして、ケースの中に封じられた黒い宝石を見つめた。眉をひそめ、慎重にそれを見つめる。
「これがそうか」
「ああ。エイルに話を聞いたが、間違いない」
カケラが頷いた。
アラタも近づき、黒い宝石へ視線を向ける。
「なんだこれ?」
首を傾げるアラタにカケラたちは、これまでのことを彼に説明した。
シオンが持ってきた日記の写し。そこに記されていた黒い宝石。ダークエルフの男。エイルがその宝石を預かった。ということ。
「……あーっと。何言ってんだかさっぱりなんだが」
すべてを聞いたアラタは困惑した表情を浮かべる。
「……ダークエルフって、あれだろ? どっかの大陸で人目を避けて暮らしてるっていう……」
「ああ」
「シオンが持ってきた日記の写しに書いてあった宝石と、ここにある宝石は同じものだと分かった。私とシオンは、それを確かめに来たんだ」
「この黒の宝石には、とてつもなく邪悪な力が宿っている」
シオンは頷く。カケラが続き、エイルが静かに口を開いた。
「あの男の子供……二人いるんだが、そのどちらもが、この宝石の力に呑まれかけた。完全に呑まれる前に、彼は俺にこれを預けたんだ。俺が『世界樹の守り人』だと知ってな」
「…………」
アラタは黙った。
シオン。カケラ。エイル。
三人の言葉を順番に聞き終える。
そして、しばらく黒い宝石を見つめた。
やがて、眉間に皺が寄る。
額へ人差し指を添え、難しい顔で唸り始めた。
「……ぐぬぬ……」
しかし数秒後。
「……あー。駄目だ。頭パーンってなる」
あまりにも話が難しすぎたようで、アラタは頭を抱える。
頭を抱えたまま唸る彼にシオンは息を吐いて、腕を組んだ。
「とりあえず、この黒の宝石はやばいってことだけ覚えておけ。今はそれだけでいい」
「…りょーかい」
言うと、アラタは素直に頷く。
ガラスケースの中で、黒い光が揺らめいた。その宝石が何なのか。アラタには何一つ分からない。
ただ一つだけ。この宝石には、普通ではない何かがある。
それだけは、彼にも理解できた。
『……アラタ、嫌い』
アラタを睨み付け、ぽつりと呟くコロタマ。
カケラは腕の中のコロタマへ視線を落とし、アラタはそんなコロタマを見て、少しだけ笑った。
「俺は結構お前気に入ったけどな」
『ぬー!』
再びコロタマが抗議の声を上げる。
地下の小さな部屋に、その声が響いた。




