尾行する
精霊の森は、町から東へ向かった先にある。
町の喧騒はすでに遠く、聞こえてくるのは草木が風に揺れる音と、時折鳴く鳥の声だけになっていた。街道を外れた道は徐々に細くなり、左右には背の高い草が生い茂っている。
その道を他愛のないやり取りをしながら、シオン、カケラ、コロタマは歩いていた。けれどそれは会話と呼べるほどのものではなく、ほとんどはコロタマが一方的に話し、カケラが時折相槌を打つだけだった。
「……………」
シオンはその二人の少し後ろを歩き、黙ったまま周囲を警戒している。
しばらくして、カケラがふと足を緩めた。
「…………ついてきてるか?」
独り言のような声。
しかし、その問いが誰へ向けられたものなのかは、後ろを歩いていたシオンにもすぐに分かった。
「ああ。離れてはいるが、先ほどよりも殺気が漂っている」
『このまま、森までついてくる?』
答えると、コロタマが振り返る。
「……だろうな」
シオンは短く頷いた。その手が、腰へ伸びる。腰に差している剣の鞘へ、指先が触れた。
まだ抜く必要はないが、いつでも抜けるようにしておく。そんな意思が、その仕草には込められていた。
彼らから数メートル離れた場所。
道の脇に生えた木々や草へ身を隠しながら、一人の男が歩いていた。
風に揺れる赤い髪。男はシオンたちを見失わないように、一定の距離を保っている。
時折、木の陰から顔を出し、前方を確認する。そして、再び姿を隠す。
「…………」
シオンは振り返らないが、確かに背後にいる男の存在を感じ取っていた。
「もし、あいつが精霊の森までついてくるようなら、その前に止める」
「……その方がいい。頼めるか」
カケラは前を向いたまま言う。
「ああ」
シオンは再び頷いた。
精霊の森。それは、ただ木々が生い茂った普通の森ではなく、精霊たちが暮らす神聖な場所だった。
その森へは、森に深く関係している者以外の立ち入りは固く禁じられている。そして、その入口を知ることさえ許されていなかった。
森への入口を知っているのは、ごく限られた者だけ。
シオン。カケラ。リリア。ターナ。そして、コロタマ。その者たち以外に、入口を知る者はいない。
一般人にその場所を知られることは、精霊の森にとって重大な問題となる。場合によっては、重罪を犯すことと同義だった。
「…………」
シオンは背後へ意識を向ける。
男はまだいる。このままの状態がこれから先も続くようなら、森へ近づかれる前に対処する必要があった。
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「……さすがのあいつも、まさか付いてくるとまでは思っていないだろ」
赤髪の男は木の陰から顔を出した。前方には先ほどから追っている二人と一体の姿がある。
「あいつら、何処まで行くんだ…ふぁ……」
男は大きな欠伸を一つ漏らした。
目元を擦る。だが足は止めない。
シオンたちを見失うわけにはいかない。
「…………」
しばらく歩き続けたところで、男は周囲を見回す。
町からはかなり離れていた。
道の両側には木々が増え、人の気配もほとんどない。
「こっちには確か、森があったよな?」
男は記憶を探る。
この辺りに森があること自体は知っていた。しかし、それが何という森なのかまでは知らない。
「……その森で何かするのか?狩り……なわけないよな」
顎へ手を添え、少し考える。
「まあ、探求者なわけだし。依頼で魔獣を狩るって場合もあるっちゃあるが……」
しかし。男はすぐに首を傾げる。
「でも、こんなところで?」
ここは港町からかなり離れている。人間がわざわざ通るような場所でもない。
男自身、町の外へ出ることはあるが、ここまで来たのは初めてだった。
「……こんな辺鄙な場所まで来て、魔獣退治するか?」
考えても答えは出ない。
男は前方へ視線を戻す。
「ついていけば分かるか…。それまでバレなければ、だが」
小さく呟き、眉をひそめる。
このまま最後まで気づかれずに済むなんて、そんな甘い考えは持っていない。
シオンについて調べた情報の中には、いくつか気になるものがあったが、特に注視すべきはその感覚の鋭さだった。
僅かな物音。微かな気配。そして、ほんの少しの殺気。そういったものさえ感知できるほどの、異常なまでの超感覚。
先ほども呆気なく気づかれてしまった。もしかしたら、シオンはもう自分の存在に気づいているのかもしれない。
「……この先でバレて撒かれるか。あるいは頃合いを見て、攻撃を仕掛けてくるか」
男は小さく息を吐く。
その場合は、応戦するしかない。
「……………」
男は腰へ手を伸ばした。
そこには短剣が差してある。
内側の胸ポケットには、一丁の銃が忍ばせてあった。
どちらも、もしもの時に備えて持っておくよう言われたものだ。男はそれぞれの存在を確認し、手を離す。
「……戦闘経験はそんなないが。最悪の場合、やるしかないな。……自信ねぇけど」
自嘲気味に言い、男は苦笑した。
足は止めず、森へ向かうシオンたちの背中を追い続ける。
「……常に最悪な状況を考えて、物事を遂行しろ」
誰にも聞こえないほど小さな声で自分へ言い聞かせるように呟いた。
「大丈夫。俺ならやれる」
短く息を吸い、男は胸元へ手を当てる。
「………これも、記憶を取り戻すためだ」
深く息を吐く。
そして、男は再び木の陰へ身を隠した。前方では、シオンたちが歩いている。その先には、まだ見えない森。
彼はもう、後戻りするつもりはなかった。




