御守りの指輪
扉を開けて入ってきたのは、シオンだった。紺色の髪を揺らし、落ち着いた足取りで店内へ入ると、背後の扉を静かに閉める。
『シオン。シオン!』
その姿を見つけた途端、コロタマは嬉しそうにころころと転がっていった。足元までたどり着くと、その場でぴょんぴょんと小さく飛び跳ねる。
「………」
シオンはコロタマを見下ろす。
そのままカケラの前まで歩み寄ると、淡々とした口調で口を開いた。
「すまない。遅くなった」
「問題はない。私も、今しがた来たところだ」
カケラは静かに答える。
ちょうどその時、カウンターの奥からセシルも戻ってきた。
「お待たせ、リリア」
片手には代金の入った革袋を持っている。
「お。いらっしゃい、シオン」
「…………ああ」
短く頷くシオンを見て、セシルは苦笑を浮かべた。
「ほら、代金だ」
「ありがとうございます」
リリアへ革袋を差し出す。
リリアは両手で受け取り、中の金貨を一枚ずつ丁寧に数えた。
枚数に間違いがないことを確認すると、スカートのポケットから小さなメモ帳ほどの大きさのノートを取り出す。
「はい。確かに受け取りました。では、ここにサインをお願いします」
ノートを開く。
セシルは胸ポケットからペンを抜き取り、慣れた手つきで自分の名前を書き込んだ。
「これでいいか?」
「はい。ありがとうございます」
ノートを閉じ、口元を緩ませたリリアはそれを大事そうにポケットへ戻す。
そのやり取りを見届けたカケラは、シオンへ視線を向けた。
「シオン。……話していたものは持ってきたか?」
「ああ」
聞かれたシオンは腰の荷物袋へ手を入れ、四つ折りに畳まれた紙を取り出す。
「ここにある」
受け取ったカケラは紙を広げ、そこへ記された文章をじっと読み始めた。
一文字ずつ確認するように視線を滑らせる。
「……なるほど。確かに」
低く呟き、顎へ手を添える。
その様子が気になったのか、リリアがそっと隣へ歩み寄った。首を傾げながら紙を覗き込む。
「何それ?」
「真面目な話をするなら、ここじゃなくて部屋でやりな」
セシルは肩をすくめてそう言い、荷物袋を抱えて、奥へ戻っていく。
カケラは紙を丁寧に畳み、カウンターへ置かれていた部屋の鍵を手に取った。
「コロタマ。解析を頼む」
『ピッ』
その返事とともに、コロタマがころころと足元まで転がってくる。
体の一部が小さく開いて収納口が現れると、カケラはそこへ紙を差し入れた。
『読み込み開始』
紙が吸い込まれると同時に、コロタマの体から小さな電子音が響く。
ピピピ……。ピピッ……。
店内をころころと転がりながら解析を続け、やがて機械的な声が響いた。
『解析中。解析中。……しばらく掛かるよ』
「……解析が終わるまでは部屋で待機だな」
「わかった」
シオンは短く返事をする。
二人はそのまま階段へ向かい、二階へ上がるため歩き始めた。
コロタマもぴょんぴょんと跳ねながら後を追っていくが、その背中を見つめていたリリアは、むっと眉を寄せる。
「……待って!」
気づけば体が動いていた。
階段へ足を掛けようとしていたシオンの腕を咄嗟に掴む。
「…………何だ」
シオンは立ち止まり、静かに振り返った。
カケラとコロタマは足を止めることなく、そのまま二階へ姿を消していく。
「話が見えないんだけど……。もしかして、シオンも精霊の森へ行くの?」
知らず知らずのうちに、腕を掴む手へ力が入っていた。
「…………カケラに聞いたのか」
「うん。用事があるってことだけ」
シオンは階段から降り、リリアの正面へ立つ。
彼女はそっと手を離した。
少しだけ視線を落とし、それから真っ直ぐ彼を見上げる。
「用事って、何?」
「…………」
沈黙。
答えは返ってこない。
その反応に、リリアは小さく笑った。
「……ううん。答えてくれなくてもいいよ。私には内緒なんでしょ」
そう言って背を向ける。
胸元で揺れるペンダントへそっと触れながら、静かに尋ねた。
「フィルたちには何て言ってきたの?」
「……少し出てくる、とだけ伝えた」
「……そう」
その一言だけで十分だった。
フィルたちにも詳しい事情は話していない。短く息を吐き、リリアは再びシオンへ向き直る。
そしてポケットから、小さな箱を取り出した。緑色のリボンで丁寧に結ばれた綺麗な箱。
「はい。これ」
差し出されたそれを、シオンは受け取る。蓋を開けると、中には一つの指輪が収められていた。
紺色の小さな宝石が埋め込まれ、静かな輝きを放っている。
「……何だ」
「おまもり。……みたいなものかな」
リリアは言う。
「セシルさんへの届け物を作るついでに作ったの。最近この大陸で流行ってる……えっと、何て名前だったかな。あっ、そうそう。『ラバーミスリング』。市販のものもあるけど、自分で作った方が効果があるって本に書いてあったから」
しばらく考え込んだあと、ぱっと表情が明るくなり、少しだけ恥ずかしそうに笑った。
「帰ってきた時に渡そうと思ってたんだ」
「…………」
シオンは何も言わず、指輪を見つめ続ける。
リリアは右手を持ち上げた。中指には緑色の宝石が埋め込まれた同じ形の指輪が光っている。
「私はこれ」
二つの指輪は対になるような意匠だった。
しばらく沈黙が続く。
指輪を見つめたまま何も言わなくなったシオンにリリアは困ったように苦笑した。
「……無反応なの困るんだけど。嬉しくない?」
「…………いや。受け取ろう」
ようやく口を開く。
そう言って指輪を摘み上げると、空になった箱を荷物袋へしまった。
「好きな指につけていいからね」
その言葉を聞き、シオンは左手の中指へ静かに指輪を通す。
紺色の宝石が窓から差し込む陽の光を受けて小さく輝き、それを見たリリアは、自然と笑みを浮かべた。
「ふふっ。よく似合うよ」
「…………」
変わらず、シオンは何も返さない。
その様子に満足したように頷くと、リリアは踵を返した。
「それじゃあ、私はもう帰るね」
そして、そのまま歩いていく。
チリン。と、ドアベルが軽やかに鳴り、扉が閉まる。
「……………」
宿の中は静まり返り、シオンはその場に立ったまま左手をゆっくりと持ち上げる。
指輪に埋め込まれた紺色の宝石は変わらず小さな光を宿していて、何も語らずそこにあった。




