世界樹のある大陸へ
『カケラとお散歩!お散歩!』
弾むような声が、港に響いた。
銀色の球体が、ぴょんぴょんと軽やかに跳ねながら船のタラップを降りていく。
そのあとを追うように、最小限にまとめた荷物を肩へ担ぎ、黒いフードを深く被ったカケラがゆっくりと歩みを進めた。
西の大陸からやって来た二人が降り立ったのは、世界樹が天へ届くようにそびえる"真ん中の大陸"。その玄関口とも言える港町、ラ=パープルだった。
船着場には旅人や商人、水夫たちが行き交い、荷車の軋む音と人々の笑い声が絶え間なく響いている。潮風が町を吹き抜け、魚と木材、それに焼き立てのパンの香りまで運んできた。
『カケラ。シオン捜す?シオン捜す?』
タラップを降り切った球体…コロタマが、ぴょこんと振り返る。
太陽の光を浴びた銀色の体は鏡のように輝き、眩しいほどの光を放っていた。
「いや。あいつとは待ち合わせをしている。捜す必要はない。このまま宿へ向かうぞ」
『了解!宿!宿!』
その言葉にカケラは短く答える。
ころころ。と、今度は飛び跳ねる代わりに地面を転がり始めたコロタマを先頭に、二人は港町を歩き出した。
石畳の道を抜け、人通りの多い通りを進み、やがて見慣れた宿の前へ辿り着く。
カケラが扉を押し開けると、頭上のドアベルがチリンと澄んだ音を鳴らした。静かな店内へ、その音が心地よく響く。
数秒後、カウンターの奥から一人の女性が姿を現した。
『セシル!セシル!』
コロタマは嬉しそうに転がり出し、そのまま勢いよくカウンターへ飛び乗る。
コロタマの姿を見ると、女性は目を丸くした。
「……コロタマ?」
『カケラもいるよ!カケラもいるよ!』
「ん?」
言われて、入口へ目を向ける。
そこにはフードを外し、静かに一礼するカケラの姿があった。近づいてきた彼にセシルはカウンターへ肘をつき、少し驚いたように笑う。
「……あんたが来るなんて珍しいじゃないか」
「少し、用があってな。……シオンはまだ来ていないようだな」
カケラは荷物を足元へ置きながら答えた。
「シオン?何だ、あいつも来るのか?」
『カケラ。シオン。用事。精霊の森に用事』
ころころ、とその場で回りながらコロタマが補足する。
「精霊の森……。ああ、なるほど。あんたの用事って言えば、そういうことになるか」
セシルは納得したように肩をすくめた。そう言って近くの棚から宿泊者名簿を取り出し、カウンターへ置く。
「しばらく泊まるのか?」
「いや」
カケラは名簿へ名前を書きながら静かに首を振った。
「長居はできない。事情があってな。用が済めば、すぐに戻る」
「相変わらず忙しい奴だね」
苦笑しながらセシルは鍵を取りに奥へ向かう。
その時、チリンと再びドアベルが鳴った。同時に柔らかな女性の声が店内へ響く。
「こんにちはー」
『!』
その声にコロタマはぴたりと動きを止めると、勢いよく入口へ転がっていった。
『リリア!リリア!』
「きゃっ!」
両手いっぱいに荷物袋を抱えた女性は、足元へ飛び込んできた銀色の球体に驚いて小さく声を上げる。
「……コロタマ?え、どうしてここに?」
『カケラもいるよ!カケラもいるよ!』
「?」
先ほど、セシルにも伝えた言葉をコロタマは言った。
言われるまま視線を向けた女性…リリアは、そこに立つ見知った青年を見つけると納得したように微笑み、小さく頭を下げる。
「セシルさん。頼まれていた荷物、届けに来ました」
そして、少しふらつきながらもカウンターまで歩き、抱えていた荷物袋をそっと置いた。
ガチャン。と、中から金属同士が触れ合う重たい音が響く。
『リリアが持ってきたもの。フライパン。包丁。ペティナイフ。フルーツナイフ。お鍋。お鍋。お鍋。フライパン』
「確認ありがとう、コロタマ」
コロタマの目がピピッと淡く光り、リリアは笑みをこぼした。
鍵を持って戻ってきたセシルは袋からフライパンを取り出し、柄を握る。コンコンと軽く底を叩くと、澄んだ金属音が鳴った。
「うん、悪くない。十分使えそうだ」
『悪くない出来。悪くない出来』
「ちょっと待ってな。代金を持ってくる」
満足そうに頷き、彼女は鍵を置いて再び奥へ向かう。店内には束の間、静かな時間が流れた。
その沈黙を破り、リリアはカケラに声を掛ける。
「……カケラさんがここにいるなんて珍しいですね」
「少し、精霊の森に用があってな」
「精霊の森、ですか?」
顔を向け、リリアは不思議そうに首を傾げる。カケラは小さく頷くだけで、それ以上は喋らなかった。
そこで、チリンと三度目のドアベルが静かに鳴り響く。二人の視線が自然と入口に向いた。




