スノードーム!
西の大陸にある深い森にひっそりと佇むダークエルフの集落。その一角にあるルーンの家は、今日も静かな時間に包まれていた。
「……今、戻った」
玄関の扉が開き、カケラが家へ戻ってくる。キッチンではリースレッドが焼きたてのパンを並べていた。
彼は一瞬だけカケラへ視線を向け、短く返事をすると再び手元へ意識を戻す。
「……………」
カケラは腕に抱えていた紙袋を食卓へ置き、中から買ってきた食材をひとつずつ取り出した。
真っ赤なトマトから始まり、つやのあるナス。りんごやグレープフルーツ。パスタやパン、とうもろこし。そして、瓶に入ったソーダ。
取り出したものを見つめながら、買い忘れたものはないかと確認する。
『カケラ。カケラ』
そこへ、ころころと軽い音を立てながら銀色の球体が床を転がってきた。
球体はカケラの靴へ小さくぶつかると、少しだけ後ろへ転がり、二つの楕円形の目をぱっとその体に浮かび上がらせる。
『おかえり。おかえり』
目がバチバチと瞬きを繰り返し、ピピピと電子音を鳴らしながら、球体はにっこりと笑った。
そのままカケラの周囲を嬉しそうにくるくる回り、ぴょんと跳ねて食卓の上へ着地する。目のセンサーを点滅させ、並べられた食材を一つひとつ確認した。
『カケラが買ってきたもの。トマト。パスタ。りんご。グレープフルーツ。なす。パン。ソーダ。ソーダ。ソーダ。ソーダ。とうもろこし』
「あと、これも」
『ぬ?』
カケラは球体の隣へ小さな置物を置く。それは透明な丸い球を乗せた不思議な飾りだった。
球体は目をぱちぱちと瞬かせ、それをじっと見つめる。
『これなーに?』
「これはスノードームだ」
『すのーどーむ?』
初めて目にするものだったのだろう。球体は不思議そうに首を傾げるように体を少し傾けた。
カケラはスノードームを手に取り、そして小さく振る。その瞬間、透明だった球の中へ色彩が広がった。白い粒が雪のように舞い上がり、小さな世界が幻想的な景色へ変わる。
『わっ!わっ!』
球体は勢いよく飛び跳ねる。
ころころとスノードームの周りを回りながら、嬉しそうに電子音を鳴らした。
やがて雪がゆっくりと降り積もり、球の中は再び透明へ戻っていく。
『わー!』
目をきらきらと輝かせ、球体はまたぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「……テーブルの上で跳ねるな」
近くまで歩いてきたリースレッドが静かに注意し、球体の動きを空中で止める。
『……はい』
彼の手に収まった球体は、しゅんとして悲しそうに目を垂れさせた。
「……パンは焼けたのか」
「ああ。お前の分も焼いた」
頷き、リースレッドは焼き上がったパンを入れたバスケットを食卓へ置く。
丸いパン。四角いパン。細長いパン。香ばしい香りが部屋いっぱいに広がった。
『リースレッドが焼いたパン。今日もおいしそう。カケラも、ご飯作る?』
「そうだな」
『今日のカケラのご飯。トマトパスタ?』
「……ああ」
『トマトパスタ!ボク好き!』
嬉しそうな電子音を響かせると、球体はぴょんとリースレッドの手から飛び降り、そのままころころとキッチンへ向かっていく。
カケラも必要な食材を抱え、その後に続いたが、その途中。
「リースレッド」
振り返り、静かにリースレッドの名を呼ぶ。
椅子へ腰掛け、パンを食べ始めようとしていた彼は顔を上げた。
「これを食べたら、私はまた少し出掛ける」
「……今度はどこに行くつもりだ?」
「悪いが、それは言えない」
カケラは淡々と答える。
「なるべくすぐ戻るようにするが、念のため、またいつものように結界を張っておく。結界がある間は外へは出るな」
「…………」
それだけ告げると、カケラは再びキッチンへ歩き出した。
リースレッドは何も言わず、ただその背中をじっと見送る。
以前にも同じようなことがあり、その時もカケラは行き先を告げず、結界だけを残してどこかへ向かった。
一体、何処へ行っているのか。
そして、何をしているのか。
「……(まぁ、あまり興味はないがな)」
思いながら、リースレッドはパンを一口かじる。焼きたての香ばしさが口いっぱいに広がった。
ゆっくりと飲み込むと、リースレッドの視線はバスケットの奥へ向く。そこには、先ほどカケラが買ってきたスノードームが静かに置かれていた。
夕陽が窓から差し込み、透明な球をやわらかく照らす。
さきほどまで雪が舞っていた小さな世界は、今は何事もなかったかのように静かだった。
その静けさを見つめながら、リースレッドはもう一口、焼きたてのパンを口へ運んだ。




