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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
4、わたしのくろいほうせき
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魂と器





 その後。

 マキノたちと別れたルーンとフィルは夕暮れの街を歩き、家へと帰ってきた。


 他愛のない会話を交わしながら玄関へと向かい、扉の取っ手へ手を伸ばして中へ入ろうとする。だがその時、ガラリとまだ触れてもいないのに扉がひとりでに少しだけ開いた。


「……?」


 不思議に思う間もなく、小さな衝撃が足元へ伝わる。視線を落とすと、そこには黒くて丸い小さな生き物・クロコがいた。

 勢いよく飛び出してきたらしく、苦しそうに体を震わせながらお腹をおさえている。


「クロコ?」


 フィルもクロコに気付き、しゃがみ込んでその姿を見つめた。

 クロコは二人の方へ顔を向けると、小さな両手を精一杯高く掲げる。ぴょんぴょんと何度も飛び跳ねて、何かを伝えたいようだった。

 しかし、口も目も持たないクロコは言葉で伝えることができない。感情も意思も、身振り手振りだけが頼りだった。


「何してるのかしら?」

「なんか慌ててるみたいだけど……」


 ルーンとフィルは顔を見合わせる。

 クロコはますます必死になった。

 小さな身体で自分自身をぎゅっと抱きしめ、次に両手で顔を覆い、泣いているような仕草を見せる。

 それを何度も何度も繰り返し、再びぴょんぴょんと飛び跳ねた。だが、その意味は二人にはまったく伝わらない。


「何を言いたいの……?」


 ルーンが困ったように呟く。

 まったく意思疎通が出来ず、クロコは飛び跳ねるのをやめて、腕をだらりと下げた。


「……お前ら、何してんだ?」


 その時、背後から聞き慣れた低い声が響く。振り返ると、そこにはヴィーが立っていた。

 クロコはヴィーの姿を見つけるや否や、ルーンとフィルの足の間をてちてちと駆け抜ける。


「……クロコ?」


 ヴィーはしゃがみ込み、クロコをそっと掌へ乗せた。


「……どうした?あいつは?」


 問いかけられたクロコは、先ほどと同じ動きを始める。

 自分を抱きしめる。泣く真似をする。抱きしめる。泣く真似をする。それを二度、三度と繰り返したあと、また両手を上げて飛び跳ねた。

 ヴィーはしばらく真剣な表情で見つめていたが、やがて肩を落とす。


「…………悪い。全然わからん」


 その言葉に、またもクロコは腕をだらりと下げた。

 クロコは何か重大なことを伝えようとしている。それだけはヴィーもルーンたちも理解できた。しかし、その肝心の内容がわからない。


 もどかしい空気が流れるが、その瞬間。ガタガタと家の扉が小さく揺れた。振り向くと、ゆっくりと扉が開き、そこからエーが姿を現す。

 彼女は白くて丸い小さな姿ではなく、人間本来の姿へ戻っていた。数日ぶりに見るその姿にルーンとフィルは目を丸くする。


「エーさん……!」

「エー……人間の姿に戻れたのね。よかったわ」

「………ええ」


 二人の言葉に小さく頷く。

 それだけ言うと、エーゆっくりと歩き始めた。足取りはどこか頼りなく、ふらついているようにも見える。そのままヴィーの前まで来ると、彼女は静かに立ち止まった。

 ヴィーの掌では、クロコがまた新しい身振りを始める。今度は先ほどとは違う動きだったが、それも意味は読み取れなかった。


「……エー。目が覚めたんだな」

「………ええ」


 ヴィーのその言葉にもエーは機械的なほど淡々な返事をする。

 その声を聞いた彼は、ふと眉をひそめて顔を覗き込んだ。


「………エー?」


 その顔を見た瞬間、ヴィーは息を呑む。

 エーの瞳には、生気がなかった。

 焦点が定まらず、虚ろなまま揺れている。


「エー、どうしたの?」


 ルーンとフィルも心配になり、近づいて声を掛けるが、エーは何も答えない。

 ただ、その場でゆらりゆらりと体を揺らしているだけだった。


「まさか……」


 ヴィーの表情が変わる。

 何かに思い至ったように目を見開き、肩へクロコを乗せた。そして右手に淡い光と共に魔法陣を展開する。

 そこから現れたのは、赤い表紙に可愛らしい装飾が施された一冊の手帳だった。


「……ちっ。クロコはこれを伝えたかったのか」


 迷いなくページをめくっていき、何ページか確認したところでぴたりと手を止めて舌打ちをひとつ。クロコは何度も何度も頷くようにぴょんぴょん飛び跳ねた。

 ヴィーは開いたページをそのままに、もう一度掌へ魔法陣を展開する。そしてその手をエーの胸元へ伸ばした。


「――――」


 短く呪文を唱える。

 瞬間。ビリッ。と、小さな雷が走るような感覚がエーの体を駆け抜けた。


「っ!」


 体がびくりと震える。

 それと同時に、虚ろだった瞳へ光が宿った。

 まさに、一瞬の出来事。


「え……あれ?……ヴィー?」


 戸惑ったように瞬きを繰り返し、エーは目の前のヴィーを見つめる。

 その様子を確認すると、ヴィーはようやく息を吐き、手帳を閉じた。赤い手帳は魔法陣と共に静かに消えていく。

 肩に乗っていたクロコは嬉しそうに跳び上がり、エーの顔へぺたりと張り付いた。


「エー、大丈夫?」


 ルーンが心配そうに問いかける。

 エーは声の方へ顔を向けるが、何を聞かれたのかわからないように首を傾げた。


「……え?」


 困惑した表情のまま、小さく瞬きをする。


「ヴィーさん。彼女に何を?」


 その姿を見て、フィルはヴィーへ視線を向けた。


「魂と器が完全にハマってなかったんだ」

「はま……?」


 ヴィーは腰へ手を当てながら答える。

 その言葉に、フィルは首を傾げた。


「ああ。この現象は前にもあったんだよ。呪いを浄化しすぎて限界を超えると、たまにああなるんだ。……面倒くさがらずに婆さんの言葉をメモっといてよかったぜ」


 肩をすくめ、深く息を吐く。

 見ると、エーはまだ状況が飲み込めていない様子だった。


 どうして自分がここにいて、何故皆が心配そうな顔をして自分を見つめているのか、それすらわかっていない感じで、ただ不思議そうにルーンたちを見つめ返していた。



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