元気で何より
翌日。
一日しっかりと体を休めたルーンは、いつも通り学び舎の教室へ足を踏み入れた。
「ルーンちゃああん!」
扉を開けて自分の席へ着こうとした瞬間、勢いよく飛び込んできた人影がそのまま彼女へ抱きつく。
特に驚く様子もなく、ルーンは静かにその名を呼んだ。
「……おはよう、マキノ」
「ううぅっ、おはようルーンちゃああん!元気そうでよがっだああ!」
抱きついてきたのは、マキノだった。声は震え、語尾は涙で崩れている。
抱きつかれているせいで表情は見えない。だが、その声だけで彼女が泣いていることは十分に伝わってきた。
「貴女も元気そうでよかったわ」
「うぅっ、……うううぅ……っ!」
事件が終わっても、ずっと心配してくれていたのだろう。
ルーンは苦笑を浮かべると、子どもをあやすようにマキノの背中をぽんぽんと優しく叩く。そうすると、安心したように彼女はさらにぎゅっと抱きついてきた。ちょっと苦しい。
「……マキノ、苦しいわ」
「ご、ごめん!」
慌てて腕を離したマキノの目元は真っ赤で、涙の跡が残っていた。
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「ショウコ、体……大丈夫?」
「ええ。ありがとう、ルーンさん」
放課後。
ルーンはフィル、マキノ、ショウコと共に家庭科室を訪れる。
家庭科室へ向かう道中、ショウコは微笑みながら答えた。
事件の際に負傷した彼女だったが、今では歩くぶんには支障がないところまで回復していた。
ルーンは元気そうなショウコの姿にホッとし、口元を緩ませる。
扉を開けて家庭科室へ入った彼女たちは、さらに奥の準備室へ向かった。
シオンから、この辺りの被害は最小限だったと聞かされている。実際に中を見渡しても、その言葉に偽りはなかった。
棚も机も整然と並び、道具類が散乱している様子もない。壁にも床にも戦闘の痕跡はほとんど残っておらず、フィルとルーンは自然と胸を撫で下ろした。
「あっ!ドレス無事だったよ!よかったぁ!」
マキノが一目散に部屋の奥へ駆け出す。
その先には、作りかけの純白のドレスとタキシードを着せられた二体のマネキンが静かに立っていた。
「どこも破れたりとかしてないよね?」
彼女は震える手でドレスに触れ、何度も確認する。
「うん。見た感じ、どこも汚れてないし、穴も空いてないみたい。……直すところはないね」
ショウコも丁寧に布地を調べ、安堵の息を漏らした。
「はあぁ……ほんとよかったぁ。作り直しとかになってたらどうしようかと……!」
その場にへたり込みそうになるほど力が抜けたマキノを見て、皆も自然と笑みを浮かべる。
完成まであと少し。そんな矢先に起きたあの事件だった。
もちろん自分自身の命も大切だったが、それでも、この衣装を失うかもしれないという恐怖は彼女の心をずっと締めつけ続けていたのである。
「これで作業が進められるね!」
「そうね」
マキノとショウコは笑い合う。
安心した空気が流れる中、ルーンが口を開いた。
「でも、製作は再開できるとしても、私の好感度アップ作戦は中止せざるを得ないわよね」
「どうして?」
その言葉にマキノは首を傾げる。
ルーンは一瞬きょとんとしたあと、困ったように言葉を続けた。
「どうしてって……。大半の生徒たちが、あの事件を起こしたのが私だと思ってるからよ」
「え?」
「私が仲間のダークエルフに命令して、学び舎を襲わせたって」
まるで他人事のように肩をすくめたルーンのその言葉に、マキノは目を見開く。
「ちょっと、何それ!?ルーンちゃんがそんなことするわけないじゃん!!」
「フィルから聞いたら、そうなってたって」
「……なんかその話、友達から聞いた」
ショウコが眉を寄せながら呟く。
「あの日、ルーンさんじゃないダークエルフを見たっていう人が少ないけど居たらしくて……。その人たちが、もしかしたらあのダークエルフはルーンさんが呼んだんじゃないかって言いふらしたんじゃないかな」
「何それ……。そのダークエルフはルーンちゃんとは関係ないかもしれないじゃん!なんでそんな勝手なこと言うの!」
マキノの顔に怒りが浮かぶ。
怒りに震える彼女とは対照的に、ショウコは静かにルーンへ視線を向けた。
「まぁ、仕方のない話なんでしょうけどね」
ルーンは言う。
「ルーンさん。……私はそのダークエルフを見てないからわからないんだけど、その人は本当に仲間じゃないのよね?」
その質問に、ルーンは迷いなく首を横に振った。
「神に誓って違うわ。そんなの絶対にあり得ない」
その瞳には一切の揺らぎがなかった。
フィルも静かに口を開く。
「オレも、そのダークエルフのことは知ってるけど、同じダークエルフでもあいつとルーンは全然違う。……でも、それはオレたちがルーンのことをよく知ってるからなんだよな」
その言葉に、マキノは勢いよく顔を上げる。
「だったらなおさらルーンちゃんの好感度アップ作戦は必要だよ!ルーンちゃんのことを私たちだけじゃなくて、みんながよく知れば、ルーンちゃんは悪くないって絶対わかってくれる!」
「……それは無理なんじゃないかな」
ショウコは小さく首を横へ振る。
「この大陸の人たちにとって、ダークエルフは絶対悪。それは昔から刷り込まれてきた価値観だから、そう簡単には覆らないと思う。もちろん、私やマキノみたいに先入観に縛られず付き合える人もいる。でも、それはかなり珍しいことだから」
「…………っ」
少しだけルーンを見つめ、ショウコは穏やかに微笑む。
部屋には静寂が落ち、マキノは何も言えず俯いた。唇を噛み締め、瞳には再び涙が溜まり始める。
そんな彼女を見つめながら、ルーンはふっと優しく笑った。
「ありがとう、マキノ」
その声はとても穏やかだった。
「……やっぱり私に好感度アップ作戦なんていらないわ」
「ルーンちゃん……」
「私にはもう他の人なんていらない。貴女たちがいれば、それで十分よ」
ゆっくりと三人の顔を見渡す。
その一言は、何よりも真っ直ぐだった。
「……うぅっ」
ついに堪えきれなくなったマキノの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。
小さな嗚咽が部屋に響いた。
ルーンは静かに近づき、スカートのポケットから取り出したハンカチで彼女の涙をそっと拭った。




