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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
4、わたしのくろいほうせき
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諦めずに





「ルーンの音色!凄く綺麗!」


 フィラーラは弾けるような笑顔で叫ぶ。


「え……?」


 何を言われたのか理解できず、ルーンは目を丸くする。

 フィラーラはそのままルーンの両手をぎゅっと握り締め、興奮が抑えきれずにその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。


「本当に綺麗!凄く綺麗だった!」

「きゅうっ!きゅうっ!」


 縁側から見守っていたブルーテイルまで嬉しそうに鳴きながら飛び跳ねていた。


「そ、そんなに喜ぶことかしら?」

「うんっ!うんっ!」


 一人と一匹が揃って大喜びしている光景に、ルーンは困惑したように二人を見比べる。

 フィラーラは何度も力強く頷いた。


「凄く嬉しい!わたし、こんなに素敵な音色聞いたの初めて!」


 あまりにも真っ直ぐな言葉だった。

 少し大袈裟ではないかと思いつつも、その瞳には嘘もお世辞も見当たらない。心の底からそう感じているのだと、ルーンにも伝わってきた。


「……よかったわ。聞くに堪えないって言われたらどうしようかと思っていたの」

「!」


 ルーンはほっと息をつく。

 それを聞いて、フィラーラは目をぱちぱちと瞬かせた。


「そ、そんなこと言わないよ!」


 ぷんぶんと勢いよく首を横へ振る。


「ルーンの歌声、凄く良かったよ!波長もすぐにぴったり合ったし、わたしたち相性バツグン!」

「きゅうっ!」


 ブルーテイルも元気よく鳴いて同意する。

 その様子があまりにも微笑ましくて、ルーンは思わず吹き出しそうになった。


「……ありがとう。フィラーラ」


 自然と口元が緩む。

 その言葉は少しだけ照れくさく、それ以上に嬉しかった。



+


「よしっ!ルーンの音色もわかったことだし、治癒歌の練習再開っ!」


 客室へ戻るなり、フィラーラは拳を高く突き上げる。


「切り替えが早いわね」


 苦笑するルーンの前で、フィラーラはテーブルのそばへ腰を下ろした。スカートのポケットをごそごそと探り、小さなナイフを取り出す。


「はい、ルーン。腕出して」

「……貴女が傷をつけるの?」

「ん?自分でやってもいいよ?」


 さらりと言われ、ルーンは少しだけ顔を引きつらせる。


「……いえ。さすがに自分で自分を傷つけるのは抵抗があるわね。遠慮しておくわ」

「……依千蔵も同じこと言ってた」


 くすっと笑いながらフィラーラは答えた。

 ルーンは彼女の向かいに座り、ゆっくりと腕を差し出す。フィラーラはその腕を優しく支え、小さなナイフの刃をそっと当てた。


「ちょっと痛いよ」


 すっと刃が横へ滑る。

 細い赤い線が浮かび、一筋の血がゆっくりと滲んだ。


「……っ」


 一瞬だけ肩がぴくりと震える。

 痛みは小さい。


「きゅう……」


 ブルーテイルは心配そうに二人を見つめ、小さく鳴いた。


「行くよ」


 フィラーラは安心させるように微笑むと、深く息を吸い込む。

 そして静かに口を開いて歌い始めた。


「────」


 優しい旋律が部屋へ広がる。

 先ほど一緒に歌ったルーンの音色を思い出し、その波長へ自分の声を重ねていく。

 掌が傷口へ添えられ、淡い光がそこから生まれてルーンの腕を優しく包み込む。

 温かな水に触れているような、不思議な感覚。光の中では、音そのものが傷を癒やしているようだった。


「────」


 歌は続く。

 傷は少しずつ閉じ始める。

 あと少し。あと少しで完全に治りそうだ。


「(頑張って)」


 ルーンは傷口とフィラーラの顔を交互に見つめる。

 声には出さず、心の中でそっと願った。


 しかし──。


「──……、……っ、……うぅ……。」


 不意に歌声が途切れる。

 同時に淡い光もふっと消えた。

 傷は浅くなっていたが、まだ完全には塞がっていない。


「……んー。やっぱ難しい」


 フィラーラは喉へ手を当て、困ったように眉を寄せる。

 あの途中の旋律。そこだけがどうしても歌い切れない。


「………は」


 もう一度息を整える。


「────」


 再び歌い始める。

 だが、


「……うぅ」


 また同じ場所で止まってしまう。

 何度試しても結果は同じだった。


「フィラーラ」


 黙ってその様子を見守っていたルーンは静かに口を開く。


「一度、その音を紙に書き出してみたらどう?」

「……! そっか!」


 フィラーラははっと顔を上げた。

 すぐに紙とペンを持ってくる。

 迷いなくペンを走らせ、頭の中にある旋律を書き留めていった。

 さらさらと音を書き起こす姿には一切の迷いがなく。やがて書き終えると、フィラーラは嬉しそうに紙を持ち上げる。


「できた!」


 だが、その笑顔は長くは続かなかった。


「……けど」


 表情が曇る。

 紙へ視線を落としたまま、小さく肩を落とした。


「?」


 ルーンも隣から覗き込む。

 紙いっぱいに並ぶ複雑な記号。線や丸や見慣れない印がいくつも描かれていた。


「……これが治癒歌?」

「うん。治癒歌の音。頭の中にあるの、簡単に書いてみた」


 フィラーラは小さく頷く。


「……でも、書いてみてもよくわからない」


 少し間を置き、寂しそうに笑う。

 書き出したことで整理できるかと思った。けれど、肝心の詰まる部分は依然として見えてこない。


「次は、この音を見ながら歌ってみようかな…」


 ぽつりと呟くフィラーラ。

 そんな彼女を見て、ルーンは優しく微笑んだ。


「フィラーラ」

「ん?」

「めげちゃ駄目よ」


 その一言に、フィラーラはゆっくりと顔を上げる。


「……うんっ。治癒歌、かならず歌えるようにするっ!」


 彼女の瞳に再び光が宿った。

 力強く頷く姿には、もう先ほどまでの落ち込みはない。


「諦めず頑張るぞー!」

「きゅうっ!」


 ブルーテイルも、"頑張れ"というように力強く鳴き声をあげる。


 そして、それからもフィラーラは休むことなく何度も歌い続けた。

 歌っては止まり。歌っては止まり。考えては書き留め。また歌う。

 その繰り返し。

 ルーンも何度も治療を受ける役となり、励ましの言葉を掛けながら練習に付き合い続けた。

 窓の外では太陽が少しずつ西へ傾き、庭を照らす光も夕暮れ色へ変わっていく。


 ──そして、学び舎から依千蔵が帰ってくる頃には。


「……すぅ……」


 フィラーラは客室の畳へ力尽きるように倒れ込み、小さな寝息を立てていた。



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