諦めずに
「ルーンの音色!凄く綺麗!」
フィラーラは弾けるような笑顔で叫ぶ。
「え……?」
何を言われたのか理解できず、ルーンは目を丸くする。
フィラーラはそのままルーンの両手をぎゅっと握り締め、興奮が抑えきれずにその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「本当に綺麗!凄く綺麗だった!」
「きゅうっ!きゅうっ!」
縁側から見守っていたブルーテイルまで嬉しそうに鳴きながら飛び跳ねていた。
「そ、そんなに喜ぶことかしら?」
「うんっ!うんっ!」
一人と一匹が揃って大喜びしている光景に、ルーンは困惑したように二人を見比べる。
フィラーラは何度も力強く頷いた。
「凄く嬉しい!わたし、こんなに素敵な音色聞いたの初めて!」
あまりにも真っ直ぐな言葉だった。
少し大袈裟ではないかと思いつつも、その瞳には嘘もお世辞も見当たらない。心の底からそう感じているのだと、ルーンにも伝わってきた。
「……よかったわ。聞くに堪えないって言われたらどうしようかと思っていたの」
「!」
ルーンはほっと息をつく。
それを聞いて、フィラーラは目をぱちぱちと瞬かせた。
「そ、そんなこと言わないよ!」
ぷんぶんと勢いよく首を横へ振る。
「ルーンの歌声、凄く良かったよ!波長もすぐにぴったり合ったし、わたしたち相性バツグン!」
「きゅうっ!」
ブルーテイルも元気よく鳴いて同意する。
その様子があまりにも微笑ましくて、ルーンは思わず吹き出しそうになった。
「……ありがとう。フィラーラ」
自然と口元が緩む。
その言葉は少しだけ照れくさく、それ以上に嬉しかった。
+
「よしっ!ルーンの音色もわかったことだし、治癒歌の練習再開っ!」
客室へ戻るなり、フィラーラは拳を高く突き上げる。
「切り替えが早いわね」
苦笑するルーンの前で、フィラーラはテーブルのそばへ腰を下ろした。スカートのポケットをごそごそと探り、小さなナイフを取り出す。
「はい、ルーン。腕出して」
「……貴女が傷をつけるの?」
「ん?自分でやってもいいよ?」
さらりと言われ、ルーンは少しだけ顔を引きつらせる。
「……いえ。さすがに自分で自分を傷つけるのは抵抗があるわね。遠慮しておくわ」
「……依千蔵も同じこと言ってた」
くすっと笑いながらフィラーラは答えた。
ルーンは彼女の向かいに座り、ゆっくりと腕を差し出す。フィラーラはその腕を優しく支え、小さなナイフの刃をそっと当てた。
「ちょっと痛いよ」
すっと刃が横へ滑る。
細い赤い線が浮かび、一筋の血がゆっくりと滲んだ。
「……っ」
一瞬だけ肩がぴくりと震える。
痛みは小さい。
「きゅう……」
ブルーテイルは心配そうに二人を見つめ、小さく鳴いた。
「行くよ」
フィラーラは安心させるように微笑むと、深く息を吸い込む。
そして静かに口を開いて歌い始めた。
「────」
優しい旋律が部屋へ広がる。
先ほど一緒に歌ったルーンの音色を思い出し、その波長へ自分の声を重ねていく。
掌が傷口へ添えられ、淡い光がそこから生まれてルーンの腕を優しく包み込む。
温かな水に触れているような、不思議な感覚。光の中では、音そのものが傷を癒やしているようだった。
「────」
歌は続く。
傷は少しずつ閉じ始める。
あと少し。あと少しで完全に治りそうだ。
「(頑張って)」
ルーンは傷口とフィラーラの顔を交互に見つめる。
声には出さず、心の中でそっと願った。
しかし──。
「──……、……っ、……うぅ……。」
不意に歌声が途切れる。
同時に淡い光もふっと消えた。
傷は浅くなっていたが、まだ完全には塞がっていない。
「……んー。やっぱ難しい」
フィラーラは喉へ手を当て、困ったように眉を寄せる。
あの途中の旋律。そこだけがどうしても歌い切れない。
「………は」
もう一度息を整える。
「────」
再び歌い始める。
だが、
「……うぅ」
また同じ場所で止まってしまう。
何度試しても結果は同じだった。
「フィラーラ」
黙ってその様子を見守っていたルーンは静かに口を開く。
「一度、その音を紙に書き出してみたらどう?」
「……! そっか!」
フィラーラははっと顔を上げた。
すぐに紙とペンを持ってくる。
迷いなくペンを走らせ、頭の中にある旋律を書き留めていった。
さらさらと音を書き起こす姿には一切の迷いがなく。やがて書き終えると、フィラーラは嬉しそうに紙を持ち上げる。
「できた!」
だが、その笑顔は長くは続かなかった。
「……けど」
表情が曇る。
紙へ視線を落としたまま、小さく肩を落とした。
「?」
ルーンも隣から覗き込む。
紙いっぱいに並ぶ複雑な記号。線や丸や見慣れない印がいくつも描かれていた。
「……これが治癒歌?」
「うん。治癒歌の音。頭の中にあるの、簡単に書いてみた」
フィラーラは小さく頷く。
「……でも、書いてみてもよくわからない」
少し間を置き、寂しそうに笑う。
書き出したことで整理できるかと思った。けれど、肝心の詰まる部分は依然として見えてこない。
「次は、この音を見ながら歌ってみようかな…」
ぽつりと呟くフィラーラ。
そんな彼女を見て、ルーンは優しく微笑んだ。
「フィラーラ」
「ん?」
「めげちゃ駄目よ」
その一言に、フィラーラはゆっくりと顔を上げる。
「……うんっ。治癒歌、かならず歌えるようにするっ!」
彼女の瞳に再び光が宿った。
力強く頷く姿には、もう先ほどまでの落ち込みはない。
「諦めず頑張るぞー!」
「きゅうっ!」
ブルーテイルも、"頑張れ"というように力強く鳴き声をあげる。
そして、それからもフィラーラは休むことなく何度も歌い続けた。
歌っては止まり。歌っては止まり。考えては書き留め。また歌う。
その繰り返し。
ルーンも何度も治療を受ける役となり、励ましの言葉を掛けながら練習に付き合い続けた。
窓の外では太陽が少しずつ西へ傾き、庭を照らす光も夕暮れ色へ変わっていく。
──そして、学び舎から依千蔵が帰ってくる頃には。
「……すぅ……」
フィラーラは客室の畳へ力尽きるように倒れ込み、小さな寝息を立てていた。




