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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
4、わたしのくろいほうせき
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音色





「じゃあ、ルーン!一緒に歌おう!」

「……え?」


 思いがけない提案に、ルーンは目を瞬かせる。

 てっきり依千蔵の時と同じように小さな傷を作り、それを治癒歌で治す練習をするのだと思っていた。

 けれど今、フィラーラは確かに「一緒に歌おう」と言った。聞き間違いではない。


「……歌うの?」

「うん!」


 迷いのない笑顔に、ルーンは戸惑いながらも頷く。

 フィラーラは嬉しそうに立ち上がると、そのままルーンの手を引いて縁側へと向かった。庭へと続く履き物を履き、外に出る。


「きもちー!」


 朝の庭には柔らかな日差しが降り注ぎ、草花の葉先にはまだ小さな露が残っていた。風が吹くたび木々がさわさわと揺れ、小鳥のさえずりがどこからか聞こえてくる。

 ブルーテイルは縁側へちょこんと座り込み、前足を揃えながら二人を見つめた。


「すぅー……はぁー……」


 庭へ出ると、フィラーラは大きく両手を空へ伸ばした。

 胸いっぱいに空気を吸い込み、ゆっくり吐き出す。


「ほら、ルーンも!」

「え……ええ」


 少し照れくさそうにしながらも、ルーンも同じように両腕を伸ばす。

 深く息を吸い込めば、澄んだ朝の空気が肺いっぱいに満ちていく。

 何度か深呼吸を繰り返した後、フィラーラは口を小さく開いた。


「───」


 静かな旋律が流れ出す。

 歌というより、それは声を整えるための発声練習だった。高く、低く、波を描くように音が揺れる。

 やがて満足そうに頷くと、フィラーラはルーンへ振り返った。


「……よしっ。それじゃあ、ルーン。歌うよ!」

「!」


 どうやら本当に一緒に歌うらしい。

 ルーンは困ったように首を傾げた。


「えっと……私も歌う必要ある?」

「ん?あるよ」


 フィラーラは当然のように頷く。


「一緒に歌うとね、その人の音色がわかるの」

「音色?」

「うん。依千蔵にもね、最初に歌わせたんだ」

「依千蔵にも?」

「うんっ。ちょっと音痴だった。でも、音色を聞くのに音痴なのは関係ないから、ルーンもちょっと音痴でも問題ないよ」


 思い出したか、フィラーラはくすっと笑みを浮かべる。


「…………」


 何とも返しづらい励ましだった。

 ルーンは複雑そうな表情を浮かべる。

 桃華から聞いた話によると、人魚族は相手の"音色"を知り、その波長を合わせることで治癒歌の成功率を高められるという。だから最初に一緒に歌う必要があるらしい。

 波長合わせは一度行えば十分なんだそうだ。


「あとでシオンとフィルたちにも歌ってもらうんだ!」


 嬉しそうに宣言するフィラーラ。

 その言葉にルーンは心の中だけで思った。


「(フィルはともかくとして……シオンは歌ってくれるのかしら)」


「必要ない」「面倒だ」「あとで」

 そんな理由を並べて逃げ回るシオンの姿が容易に想像できた。

 でも、フィラーラなら半ば強引にでも捕まえて歌わせそうではある。


「じゃあ、わたしの声に合わせてね」


 そして、フィラーラが優しく言う。


「どこからでも入ってきて大丈夫だから」

「……ん。わ、わかったわ」


 ルーンは小さく咳払いをし、喉の調子を整える。

 歌を歌うのは、幼い頃以来かもしれない。ちゃんと歌えるだろうか。

 不安はあった。しかし、フィラーラを手伝うと決めたのだ。逃げるわけにはいかない。


「────」


 フィラーラが歌い始める。

 朝風へ溶け込むような澄み切った歌声。

 優しく、それでいて芯のある音。

 その歌を聞いた瞬間、ルーンは少しだけ気後れした。


「(こんな綺麗な歌声の中に、私の声が入ってしまっていいのかしら……)」


 自分だけが不協和音になってしまう気がしてならない。

 申し訳ない気持ちが胸の中で膨らんでいく。

 けれど、これも治癒歌を身につけるため。

 そう自分へ言い聞かせる。


「……は、──」


 意を決してゆっくりと息を吸い込み、ルーンは口を開いた。


「きゅっ?」


 彼女の歌声が庭へ響いた瞬間、縁側にいたブルーテイルがぴんっと耳を立てる。


「───」


 二人の歌声が重なっていく。

 透き通るフィラーラの声。

 少し落ち着いた、柔らかなルーンの声。

 異なる音色なのに、不思議とぶつかることはない。

 風に乗って空へ昇り、庭中へ優しく広がっていく。


「……………」


 ルーンはちらりと隣を見る。

 フィラーラの歌い方を真似しながら、同じ旋律を丁寧になぞっていく。


 歌はしばらく続いた。

 木々が揺れる音。

 鳥のさえずり。

 二人の歌声。

 その全てが朝の庭へ静かに溶け込んでいく。


 やがて旋律はゆっくりと終わりを迎え、二人は口を閉じた。


「……ふぅ」


 ルーンは小さく息を吐く。

 緊張していたせいか、思っていた以上に肩へ力が入っていたらしい。


「きゅうっ!」


 ブルーテイルが縁側から勢いよく飛び降りる。

 そのままルーンの足元まで駆け寄ると、嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねた。


「え、……えっと」


 ルーンは戸惑いながらフィラーラを見る。


「これでいいのかしら?」


 正直、自分ではさっぱりわからなかった。

 ちゃんと歌えていたのか。外していなかったのか。不安ばかりが募る。

 だが、その問いに返事はない。


「……?」


 見ると、フィラーラは俯いたまま小さく肩を震わせていた。

 何か様子がおかしい。


「フィラーラ?」


 ルーンはそっと声を掛ける。


「……もしかして、何か違った?」


 胸の奥がざわつく。

 もしかして、歌い方を間違えたのだろうか。それとも、あまりにも音痴で聴いていられなかったのだろうか。

 何も言わないフィラーラを前に、ルーンは困ったように眉尻を下げる。


「…………」


 どう声を掛けようか迷っていると、フィラーラはぱっと顔を上げた。

 その顔は満開の花が咲いたような、とびきりの笑顔だった。



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