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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
4、わたしのくろいほうせき
255/263

目を覚ますと





「…………」


 静寂の中で、ルーンはゆっくりと瞼を開いた。最初に目に映ったのは、見慣れた自室の天井。

 部屋の中は暗く、唯一の明かりは窓から差し込む淡い月光だけ。その青白い光が床を静かに照らし、夜の静けさをいっそう際立たせている。


「……んっ」


 胸の奥が鋭く疼いた。

 思わず胸元を押さえるが、その痛みは一瞬で消えていく。


「………」


 小さく息を吐き、ゆっくりと上体を起こした。辺りを見回しても、部屋には誰もいない。

 窓は半分ほど開いており、夜風がさらりと頬を撫でていく。その心地よさに目を細めながら、ルーンは小さく呟いた。


「私……どうして……」


 確か、自分は保健室にいたはずだった。エーに連れられ、黒い花を取り除くための治療を受けていて。

 そこまでは覚えている。

 だが、それ以降の記憶が曖昧だった。


 どうして自分は家に戻り、自室のベッドで眠っていたのだろう。

 こめかみに手を添え、記憶を辿ろうとするも、しかし頭には薄い霧がかかったようでどうしても思い出せない。


 諦めるように立ち上がると、窓際まで歩き、夜空を見上げた。月は高く昇り、星々が静かに瞬いている。


「今、何時くらいなんだろう……」


 ぽつりと呟く。


「……ん?」


 その時、部屋の奥からかすかな気配を感じた。

 ルーンはゆっくりと振り返る。

 棚の上には普段から置いてある小物が並んでいるが、その中に見慣れない影が二つ。


「……?」


 目を凝らす。

 暗闇に紛れてすぐには気づかなかったけど、それは小さな黒い丸い体の何かと、同じく小さくな白い丸い体の何かだった。その二つはぴったりと抱き合うように寄り添い、横たわっている。

 ぬいぐるみかキーホルダーのようにも見えたが、黒い体が小刻みに動いていることから生き物なんだとわかった。


「…………何これ?」


 気にはなったが、無闇に触ってもし起きたりしたら反応に困る。

 ルーンはそれを見なかったことにして静かに部屋を後にした。



+


 廊下へ出ると家の中は寝静まり、時計の針だけが時を刻んでいた。

 どういうわけか、ひどく喉が渇いている。彼女は真っ直ぐに台所へ向かい、棚からコップを取り出した。


 水を注ぎ、一気に口へ運ぶ。

 冷たい水が喉を通り、身体の奥へ染み渡っていく。火照っていた胸の内まで冷やしてくれるようだった。


「………ふぅ」


 飲み干したあと、静かに息を吐く。

 コップを丁寧に洗い、元の場所へ戻した。


「……戻っても眠れる気がしないわね」


 ぽつりと漏らす。

 このまま布団へ戻っても、きっと眠れない。頭の中は妙に冴え、胸の奥には説明のできないざわめきがかすかに残っていた。


 少し風に当たろう。

 そう決めたルーンは、台所を出て客室へ向かう。


「………あ」


 近づくと、客室へ続く襖が少しだけ開いていた。

 誰か起きているのだろうか。

 不思議に思いながら襖へ手を掛け、静かに横へ滑らせる。

 襖を開けて最初に視界に映ったのは、月明かりに照らされた縁側だった。

 そして、そこにいた縁側の柱へ背を預けたまま眠る、一人の少年。


「っ……」


 胸がどくりと高鳴る。

 それはフィルだった。

 月明かりに照らされた金色の髪が、夜風に揺れている。規則正しい寝息を立て、その表情はどこか安心しきっていた。

 どうして、こんな場所で眠っているのだろう。ルーンは足音を忍ばせながら近づき、彼の隣へ静かに腰を下ろす。


「……?」


 その時、彼の手元にあるものが目に入った。フィルの手には、一冊の日記帳が開いたまま握られている。

 それは図書室で見つけた、あの日記帳だった。ルーンは目を見開く。

 どうやら読んでいる途中で、そのまま眠ってしまったらしい。


「…………」


 そっと手を伸ばす。

 日記帳へ指先が触れた、その瞬間。


「……ん」

「!」


 フィルが小さく声を漏らした。

 ルーンはびくりと肩を震わせ、思わず動きを止める。

 息まで止めて様子を窺うが、彼が目を覚ます気配はなかった。

 再び静かな寝息だけが聞こえ始める。


「……ふぅ」


 小さく胸を撫で下ろし、今度は慎重に日記帳を彼の手から抜き取る。

 膝の上へ置き、ゆっくりとページをめくった。


「これ……読めたのかしら?」


 不思議そうに首を傾げる。

 見覚えのない文字が並んでいたページには、いつの間にか別の文字で文章が書き添えられていた。翻訳されてるみたいだ。

 図書室で見つけた時には、そんなものは存在しなかった。誰かが後から書き加えたのだろうか。


「…………」


 ルーンは翻訳前の文章と、書き足された文章を交互に見比べながら、ゆっくりと読み進めていく。


 そこにはダークエルフに関する記録だけではなく、この日記を書いた人物自身の日常や、その時々に感じた想いまで細かく綴られていた。



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