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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
3、ダークエルフ
252/266

幽霊……!?





「ルーン……!」


 部屋の奥に立つ彼女の姿を見つけた瞬間、フィルは張りつめていた息をようやく吐き出した。

 よかった。見つかった。

 その事実だけで、胸を締めつけていた不安が少し和らぐ。

 呼びかけられたルーンは、ぴくりと肩を震わせて振り返った。同時にブルーテイルが嬉しそう鳴にき声を上げる。


「きゅうっ!きゅうっ!」


 小さな体で床を駆け抜けると、ルーンの足元へ飛びつくように近寄った。


「ブルーテイル……?」


 ルーンは目を細める。

 続いて近づいてきたフィルの姿を見て、さらに首を傾げた。


「フィルも。…貴方たち、どうしてここに……」

「……ここで何してるんだ?依千蔵が心配してたぞ?」


 フィルはほっとした表情のまま尋ねる。


「ん?」

「水。頼んだって言ってたけど……」

「みず……?…あっ」


 その一言にルーンはきょとんとする。

 しかし数秒の沈黙の後、思い出したように声を上げて表情を固まらせた。


「そうだ、水。ごめんなさい、すぐに戻らなくちゃ……!」


 目を見開き、慌てた様子で開いたままだった日記帳を閉じると、大切なものでも扱うようにそれを胸へ抱える。

 その様子を見て、フィルは眉尻を下げた。


「忘れてたのか?」

「……別に、そういうわけではないけど……」


 少しだけ視線を逸らして、居心地が悪そうに呟く。


「……あ、ねぇ」

「ん?」

「貴方、ここへ来るまでに女の子を見掛けなかったかしら?」

「女の子?」

「ええと……黒いワンピースを着た、十歳くらいの子なんだけど」


 そこで、彼女はふと顔をあげてフィルに聞いた。

 フィルは少し考え込むが、すぐに首を横へ振る。


「……? いや、見てないと思うけど?」

「……そう」


 その答えを聞き、ルーンは残念そうに目を伏せた。


「さっきまでそこにいたんだけど、いつの間にかいなくなってしまっていて……」

「きゅう?」


 顎に手を添えて呟くルーンにブルーテイルは不思議そうに首を傾げる。


「え……そ、それってまさか…ゆっ、幽霊じゃないよな?」


 なんだか嫌な想像がフィルの背筋を通り抜け、少しずつ彼の表情が引きつった。


「幽霊ではないわ。ちゃんと足があったし」


 ごくり、と唾を飲み込んで唇を震わせながら恐る恐る聞いてみるとルーンはあっさりと言い切る。

 どこへ行ってしまったのだろう。

 そんな様子で顎へ手を添えたまま、ルーンは周囲を見回した。


「…………」


 "幽霊ではない"という彼女の言葉を聞いても恐怖心は消えず、フィルも思わず部屋中をものすごい速さで見回す。


「きゅう」


 ブルーテイルはそんなフィルを見上げると、ぴょんと肩へ飛び乗った。

 落ち着け、とでも言うように小さく鳴く。


「お前ら何して」


 その時、部屋の入口から声が響いた。


「ぎゃあああああっ!?」


 最後まで聞く間もなく、フィルの絶叫が部屋中へ響き渡る。


「きゅううっ!?」


 肩のブルーテイルまで飛び上がって悲鳴を上げる。

 扉の方を見ると、そこに立っていたのはターナだった。その後ろにはシオンの姿もある。


「……ターナ。それにシオンも」


 ルーンが二人の名前を呼ぶと、フィルも恐る恐る振り返った。


「何だ、今の悲鳴は……?」

「たっ、ターナさん……!?吃驚した……はぁ……」


 ターナは眉をひそめる。

 視界に映ったのがターナだとわかり、フィルは胸へ手を当て、大きく息を吐いた。


「きゅう……」


 ブルーテイルも耳をぺたりと伏せ、小さく鳴く。

 フィルの悲鳴によほど驚いたようだ。


「ターナ。それにシオンも。どうしてここに?」

「あらかた校舎の様子は見て回ったからな。最後にここだけはもう一度調べようと思って来た」


 ルーンが尋ねると、ターナは腕を組んで答えた。


「ここにはカフルエルの気配が色濃く残っている。完全に消える前に、調べられることは調べておきたい」


 そう言って部屋を見回す。

 その途中、彼女の視線がルーンの抱える日記帳へ止まった。


「何だ、それは?本か?」

「?」


 聞かれて、ルーンは胸元の日記帳を見下ろす。


「ああ。違うわ。これは日記帳よ」

「日記帳?お前のか?」

「いいえ。さっきここで見つけたのよ。読んでみたんだけど、何て書いてあるんだかまったくわからなかったわ」


 首を横に振り、肩をすくめる。


「そうだわ。貴女たちにも聞くけど、ここへ来るまでに女の子を見なかったかしら?」

「女の子だと?」


 ルーンは顔を上げ、ターナたちにも聞いてみた。

 眉をひそめ、ターナは隣のシオンと視線を交わす。


「いや、見ていないな」


 シオンが静かに答える。


「そう……」


 その答えにルーンは小さく肩を落とす。

 フィルも。ターナも。シオンも。誰一人として、あの黒いワンピースの少女を見ていない。

 あの子は一体、何者なのだろう。


「その女の子がどうかしたのか?」


 ターナが問い返す。


「……さっきまでここにいたんだけど、消えてしまって」

「…なぁ。や、やっぱりそれ、ゆ、幽霊じゃないのか?」

「幽霊じゃないってば。足があったって言ったでしょ」

「足があっても幽霊の可能性はあるって……!現にルーンの前から消えてるわけだろ!?」

「そうだけど……」


 フィルの言葉にルーンは困ったように眉を下げる。


「でも、あの子は幽霊なんかじゃないわ」

「何故、そう言い切れる?」

「それは……」


 シオンの問い。

 ルーンは胸に抱いた古びた日記帳へ視線を落とす。

 あの子が幽霊ではないという理由が自分には説明ができない。幽霊ではないという証拠も何一つない。

 それでも。あの少女は幽霊ではない。それはわかる。

 そんな確信だけが、不思議なくらい心の奥底に残ったが、しかし、その確信を言葉にすることはできず、部屋には静かな沈黙だけが流れていった。


「…………」


 結局、彼のその問いにルーンは答えられなかった。



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