ルーンはどこへ?
「フィル、…お前らどうしてここに?」
依千蔵は目を丸くしながら、廊下に現れたフィルへ問いかけた。フィルは肩に乗っているブルーテイルの頭を優しく撫でる。
「ブルーテイルが勝手に走り出しちゃってさ。追いかけて来たんだ」
そう言って苦笑すると、肩の上の小さな生き物へ視線を向けた。
「……ここに来たってことは、ルーンに会いたかったのか?」
「きゅうっ!」
元気よく鳴き声を上げるブルーテイル。
どうやら正解のようだ。
「きゅっ」
ブルーテイルはフィルの肩からぴょんと飛び降りると、そのまま開け放たれた教室の扉をくぐり、中へ入っていく。
「…きゅう?」
教室の中をきょろきょろと見回し、不思議そうに首を傾げた。
そこにルーンの姿はない。
「……あいつなら今はいないぞ」
「いないのか?」
フィルも首を傾げる。
依千蔵は肩をすくめながら答えた。
「ああ。水を汲みに行ってこいって頼んだっきり戻ってこなくなったんだ。水道まではそんな遠くないはずなんだけどな」
「……」
その言葉にフィルは眉をひそめる。
「きゅう……」
ルーンに会えず、ブルーテイルはしょんぼりと耳を伏せた。
その時、ぴくりと耳が動く。
何かを聞き取ったか、ブルーテイルは教室を出て廊下の奥を見つめた。それは人では聞き逃してしまうほどの微かな声。
けれど、ブルーテイルの耳は確かにその音を捉えていた。
どこかルーンの声によく似た響き。
「きゅうっ!!」
勢いよく鳴くと、ブルーテイルは一目散に駆け出した。
「!」
フィルと依千蔵の足元を抜けて、廊下を一直線に走り抜けていく。
「おい、ブルーテイル!どこ行くんだ!」
フィルが慌てて呼びかける。
しかしブルーテイルは振り返りもしない。
「なんだ、あいつ?」
依千蔵もぽかんとその後ろ姿を見送る。
フィルは迷わず駆け出した。
「……依千蔵、ルーンはオレが捜してくるよ!」
「え?」
「見つけたら一緒に戻ってくるから!」
「あ、おい……!」
呼び止める間もなく、フィルはブルーテイルを追いかけて走り去っていく。
フィルとブルーテイルがいなくなった廊下には静寂が戻った。
依千蔵はしばらくその方向を見つめていたが、小さく息を吐く。
「……まぁ、あいつらに任せとけば大丈夫か」
そう呟き、後頭部を掻く。
「…………」
胸の奥に残る言いようのない引っ掛かりを抱えたまま踵を返し、依千蔵は教室へ戻った。
+
「きゅうっ!きゅうっ!」
ブルーテイルを追いかけ、フィルは廊下を全力で走る。
小さな体とは思えない速さで駆け、ブルーテイルはやがて水道の前でぴたりと足を止めた。
「きゅうっ!」
何かを囲むように、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「……?」
フィルは駆け寄り、床へ落ちていたものを拾い上げた。
「これ、水筒?」
それは、金属製の水筒だった。
持ち上げると、中には水が入っている。
「!」
依千蔵は、ルーンは水を汲みに行ったと言っていた。
ならば、この水筒は間違いなくルーンが持っていたものだろう。
「どうしてここに落ちてるんだ?」
フィルは考える。
水だけ汲んで、水筒を置いたまま何処かへ行ったのだろうか。
いや、そもそも頼まれごとをされている最中に何処かへ行く理由がわからない。
「きゅう!きゅう!」
考えていると、ブルーテイルが再び鳴いた。
くるりとその場を回り、また廊下の奥へ駆け出していく。
「あっ、ブルーテイル!」
またも突然駆け出したブルーテイルに驚き、フィルは慌てて水筒を水道の縁へ置く。
ブルーテイルを見失うわけにはいかない。もしかしたらブルーテイルはルーンの居る場所に向かっているのかもしれないからだ。
「ブルーテイル!待てって!」
必死に追いかける。
ブルーテイルは迷うことなく階段へ飛び込み、一段一段を軽やかに駆け下りていく。
フィルも手すりを掴みながら段を飛ばして駆け下りた。
息が切れる。でも足は止めない。
「きゅうっ!きゅうっ!」
そして、ブルーテイルは足を止めた。
そこは図書室の前だった。
「はぁ……はぁ……」
息を整えながら、フィルは辺りを見回す。
「ここ、図書室…?」
「きゅう!」
ブルーテイルは図書室の扉を見上げる。
「……もしかして、ここにルーンがいるのか?」
問いかけると、ブルーテイルは嬉しそうに何度も飛び跳ねた。
図書室の扉は閉じられている。
フィルはゆっくりと取っ手へ手を伸ばした。軋む音とともに扉が開く。
中へ一歩足を踏み入れると、荒れ果てた図書室が姿を現す。
床一面に散乱する本。倒れた本棚。無残に崩れた机と椅子。
「………ここも片付けないとな」
呟きながらフィルは資料を踏まないよう慎重に歩いていく。
その横を、ブルーテイルは器用に本から本へ飛び移りながら進んでいった。
「きゅ、きゅ……」
鼻をひくひくと動かし、匂いを確かめるように歩くブルーテイル。
その後を追い続けると、やがて図書室の最奥にある部屋へ辿り着いた。ダークエルフに関する資料や物が沢山保管されている部屋。
「…………」
胸がざわつく。
ここは以前、黒い花に操られたルーンと戦った場所。
忘れようとしても忘れられない記憶が脳裏によみがえる。
「きゅうっ」
ブルーテイルは扉の前まで行くと、前足で扉を引っかいた。
カリカリと小さな音が響く。
その反応だけで、ルーンがこの中にいることがわかった。
「……………」
フィルは静かに息を吸い、ゆっくりと取っ手を握り、扉を押し開ける。
キィ……。と、静かな音を立てて扉が開いた先。
部屋の奥には、一冊の古びた日記帳を見つめたまま立ち尽くすルーンの姿があった。




