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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
3、ダークエルフ
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黒いワンピースの少女





 ルーンは少女の背中だけを見つめ、静まり返った廊下を駆け続ける。


「は、……はっ、待って……!待ちなさい!」


 息が上がる。

 しかし少女は振り返ることなく、小さな足で軽やかに走り続ける。

 ルーンの声は聞こえていないようだ。

 やがて少女は階段へたどり着くと、そのまま駆け下りていく。


「……っもう!」


 ルーンも迷わず後を追う。

 手すりを掴みながら一気に階段を下り、少女の姿を見失わないよう視線を前へ向け続けた。


 そして辿り着いた先には──。


「……ここ、図書室?……はぁ……」


 息を整えながら、ルーンは図書室の前で立ち止まる。そこの扉は半開きになっていた。

 少女は確かに、この中へ入っていった。


「…………」


 ルーンは警戒しながら扉を押し開ける。

 軋んだ音とともに姿を現した図書室は、先ほどまで彼女がいた光景と同じ、本棚は倒れ、本は床一面へ散乱し、椅子や机もあちこちへ押し倒されていた。

 変わらず足の踏み場もないほど荒れ果てた室内を見渡し、ルーンは本を踏まないよう慎重に歩みを進める。


 一歩ずつ。一歩ずつ。

 静かな空間に、自分の足音だけが小さく響く。


「!」


 そして、図書室の奥。

 そこに少女は立っていた。

 こちらへ背を向け、小さな体を震わせながらぽつりと呟く。


「わたしのほうせき……」


 その声が聞こえた瞬間、少女は再び走り出した。

 図書室のさらに奥。ダークエルフに関する資料が保管されている小部屋へと消えていく。


「待って!」


 ルーンも後を追い、その部屋へ飛び込んだ。

 部屋の中はやはり先ほどと同じ。

 あとでこの場所も片付けなければ。

 そう思いながら周囲を見渡し、散らばった資料のある場所の向こう、少女は一つのテーブルの前で立ち止まっていた。


「……ねぇ、あなた」


 ルーンは静かに声を掛ける。

 少女がゆっくりと振り返った。

 長い紫色の髪の隙間から見えた表情は、ひどく寂しげだった。


「ここにもない………わたしの、くろいほうせき」

「黒い……宝石?」


 小さな唇が震える。

 ルーンが首を傾げた、その時。

 ガチャンッ!と、突然、室内へ甲高い音が響き渡った。


「……っ!」


 思わず肩を震わせ、音のした方を見る。


「ない……ないぃぃぃぃっ……!」


 少女は涙を零しながら叫んだ。

 その声と同時に本棚の上へ積まれていた数冊の本が崩れ落ち、近くに置かれていたガラス製のケースを巻き込んで床へ落下する。

 砕け散ったガラス片が床へ飛び散り、ルーンの足元へ転がった。


「うえぇぇぇぇん!ふええぇぇん!!」


 少女は大声で泣き続ける。

 ルーンは慎重に近付き、その中に埋もれていた一冊の本を拾い上げた。


「……これは」


 それは古びた日記帳だった。

 革張りのカバーは擦り切れ、何度も使い込まれた跡が残っている。所々破れ、もはや表紙を守る役目は果たしていない。

 ルーンは丁寧に埃を払い、ゆっくりとページを開く。びっしりと並ぶ文字。細かな筆跡で書き綴られた文章が何ページにも続いていた。


「……何かしら、これ。全然読めない」


 見たことのない文字だ。

 この大陸で使われている古い文字なのだろうか。あるいは、もっと別の言語か。


「ねぇ、あなた……」


 ルーンには判別できず、少女へ問い掛けようと顔を上げる。

 しかし。


「……え?」


 そこにはもう誰もいなかった。

 部屋の隅。入口。机の陰。

 どこを見ても黒いワンピースの少女の姿はない。

 まるで最初から存在していなかったかのように、その場には静寂だけが残されていた。


「…………」


 ルーンは部屋を見回し、それから静かに手元の日記帳へ視線を落とす。


「……私の、黒い宝石」


 少女の言葉を小さく繰り返す。

 開かれたページには文字だけではなく、幼い子どもが描いたような拙い絵も残されていた。

 丸い形をした黒い石のようなものの隣には、小さな女の子と誰か大人らしき人物が並んで描かれている。


「(この絵、どこかで……)」


 ルーンは無意識のうちに、そのページを見つめ続けていた。



+



「……あいつ、遅いな」


 依千蔵は腕を組み、教室の入口へ目を向けた。

 ルーンが水を汲みに出てから、もう十分近くが経っている。

 水道までは歩いても数分の距離だ。ゆっくり歩いていったのだとしても遅すぎる。


「(変に落ち込んでなきゃいいけど……)」


 ルーンはそんな性格ではない。

 しかしそう思う一方で、可能性がまったくないとも言い切れなかった。


「………っ」


 依千蔵は小さく舌打ちする。

 どうして自分は、こんなにもルーンのことを気にしているのだろう。


「…………」


 ダークエルフ。

 それは本来、自分にとって憎むべき存在だった。その思いは今も消えてはいない。

 けれど、一緒に過ごした日々の中で知ってしまった。

 ルーンという少女の不器用な優しさ。ダークエルフという種族が、自分の抱いていた印象だけでは語れないことを。

 胸に渦巻いていた憎しみは少しずつ形を変えていたが、もちろんそれで全てを許せるわけではない。

 それでも以前のように、顔を合わせるたび敵意をぶつけることはなくなっていた。


「……はぁ。ったく」


 ため息を吐き、依千蔵は立ち上がる。

 教室を出ると、廊下は先ほどまでとは別世界のようだった。黒い花は一輪も残っていない。

 呪いの気配も感じられず、エーの浄化によって完全に消え去っていた。

 依千蔵は水道のある方角へ目を凝らす。ルーンの姿はどこにも見当たらない。


「どこの水道まで行ったんだ?」


 息を吐き、歩き出す。

 その時──。


「きゅう!」

「わっ!?」


 突然、何かが肩へ飛び乗ってきた。

 驚いて視線を向けると、そこには小さな青い動物がちょこんと座っている。


「きゅうっ」


 愛らしい鳴き声を上げたのはブルーテイルだった。


「ブルーテイル?お前、何でここに……」


 疑問を口にした直後。


「依千蔵!」


 廊下の向こうから声。

 見ると、フィルが駆け寄ってきていた。

 フィルが依千蔵のもとで足を止めるとブルーテイルはぴょんと軽やかに跳び、彼の肩へ乗った。



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