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ブルーテイル・ハピリス‐世界に嫌われているダークエルフが世界を救っては駄目ですか?‐  作者: aki.
3、ダークエルフ

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私は何もしない方がいい





 ルーンたちは、それぞれ手分けをして校舎内を駆け回っていた。

 最初に向かったのは自分たちが在籍する教室。そこの無事を確認すると、今度は他の教室へ足を運び、一人でも多くの生徒を助けようと走り回る。


 フィルと清龍、朱咲と百虎はフィルと桃華の教室がある階へ。ルーンと依千蔵、エー、ヴィー、玄武はルーンと依千蔵の教室がある階へ。そしてシオンとターナは、家庭科室や理科室などの実習室を担当していた。


「うぅ……」

「ひっく……ひっく……」


 校舎内にはまだ恐怖の余韻が色濃く残っている。教室のあちこちで、生徒たちが震えながら身を寄せ合っていた。


「もう大丈夫よ。よく頑張ったわね」


 優しく微笑みながら、エーは教室の隅でうずくまる女子生徒の前に膝をつく。そっと手を重ねると、淡い水色の魔法陣が浮かび上がった。

 柔らかな光が少女の膝を包み込み、擦りむいて血が滲んでいた傷は瞬く間に塞がっていく。


「……治った!」


 少女は膝に触れ、信じられないというように目を見開いて嬉しそうに笑った。


「ほら。これ飲んで落ち着け」


 依千蔵は水筒を差し出し、生徒の背中を軽く叩く。


「んくっ……ひっく……」


 震える手で水筒を受け取った男子生徒は、一口飲むと少しだけ呼吸を整えた。


「ゆっくりでいい。焦らなくていいからな」


 ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、その声はどこか穏やかだった。

 玄武は泣きじゃくる子供たちを小さな体で懸命に励まし、ヴィーは倒れた机を起こして安全な場所を作っていく。

 誰もが、自分にできることを必死にこなしていた。


 そして、それはルーンも同じだった。


「……大丈夫?」


 怯える生徒へ静かに歩み寄り、治癒魔法を施そうと手を伸ばす。

 だが。


「ひっ……ダークエルフ……!近づかないで……っ!」


 少女は青ざめた顔で後ずさる。

 その叫びに、近くにいた生徒たちも一斉にルーンを見た。


「嫌っ!来ないで……!」


 拒絶の言葉が耳に突き刺さる。

 ルーンは何も言わず、ただ静かに差し出しかけた手を下ろして一歩だけ後ろへ退いた。

 その紫色の瞳には、悲しみも怒りも浮かんではいない。ただ、慣れきってしまった静けさだけがあった。


「おい」


 その様子を見ていた依千蔵が声を掛ける。

 彼は空になった水筒をルーンへ差し出した。


「何もすることがないんなら、水汲んできてくれないか?」


 一瞬だけ依千蔵と視線が合う。


「……そうね」


 ルーンは小さく頷いた。

 水筒を受け取ると、そのまま教室を後にする。

 扉が閉まりかけたその時、ぽつりと男子生徒の声が耳に届いた。


「ここがこうなったのはダークエルフのせいだろ」

「何で平然としてられんだよ……」

「…………」


 別の生徒も小さく呟く。

 ルーンは足を止めなかった。

 振り返ることもなく、静かに廊下に出る。

 しばらく歩き、水道のある場所へ辿り着くと水筒の蓋を外した。蛇口をひねり、勢いよく流れ出した水が金属製の水筒の中へ注がれていく。


 ちゃぷん。ちゃぷん。

 少しずつ重みが増していく感覚が腕へ伝わる。

 やがて縁まで満たされたことを確認するとルーンは蛇口を閉め、蓋をしっかり締めた。


「…………」


 手にした水筒を見つめ、小さく息を吐く。


 気にしないようにするのは簡単だ。

 怖がられることも。

 避けられることも。

 疑われることも。

 全部、慣れている。


 だけど。


「(この水筒を依千蔵に渡したら……私は廊下にいた方がいいかもしれないわね)」


 自分が教室にいれば、生徒たちは安心できない。

 この学び舎を襲ったのは自分と同じダークエルフだ。生徒たちがカフルエルの姿を見たのかはわからないけど、おそらく何人かは彼を見かけているだろう。

 きっと、自分は仲間だと思われてるに違いない。実際は違うけれど、ダークエルフ=悪だと信じている人たちにはそう見えている。


「(………どうして、)」


 水筒を強く握る。

 その時──、


「…………どこ?」


 どこからか微かな声。

 風に溶けてしまいそうなほど小さな囁きだったが、ルーンはその声を確かに捉えた。

 顔を向けると、廊下の先。そこには一人の少女が立っていた。

 黒いワンピースを着た幼い少女。長く伸びた紫色の髪が顔を覆い、その表情はまったく見えない。


「……どこいったの?わたしのほうせき……」


 少女は俯いたまま、小さく呟く。

 その声には不思議な寂しさが滲んでいた。

 次の瞬間、少女はくるりと背を向け、廊下の奥へ駆け出す。


「……っ!」


 ずきりと胸が痛む。

 ルーンの胸がざわつく。

 理由は分からない。

 けれど、あの少女を見失ってはいけない。そんな予感だけが強く胸を打った。


「待って!」


 ルーンは反射的に走り出す。

 握っていた水筒が手を離れ、床へ落ちた。

 ガランッ、と乾いた金属音が静かな廊下に響く。しかしルーンは振り返らない。

 転がる水筒にも目を向けず、ただ黒いワンピースの少女だけを見据えて駆けていく。静まり返った校舎の奥へ。


 まるで何かに導かれるように、彼女は少女のその背中を追い続けた。



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