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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
3、ダークエルフ
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校庭広場は異常なし





「ももか! ももかぁ……っ!」


 耳の奥に届く切羽詰まった泣き声に導かれるように、桃華の意識はゆっくりと浮かび上がった。

 重たい瞼をわずかに開くと、ぼやけた視界の向こうに映ったのは、今にも涙が零れそうなフィラーラの顔。


「……ここ、は?」


 掠れた声で呟いた瞬間、フィラーラの表情がぱっと明るくなる。


「ももか!」

「!」


 安堵したように彼女は桃華へ飛びつき、ぎゅっと抱きしめた。

 突然のことに桃華は目を瞬かせる。


「………?」


 自分は今まで何をしていたのだろう。

 まだ覚醒しきっていない頭で必死に記憶を探る。すると、途切れ途切れだった記憶が少しずつ繋がり始めた。


「(たしか、私……男の子に首を絞められて…)」


 男子生徒に首を絞められ、息ができず、このまま死ぬのだと思った。

 そこへ、どこからともなく蒼い龍のような姿をした生き物が現れ、自分を救ってくれた。一瞬だけ、清龍が助けに来てくれたのだと思ったけど違った。

 ぼんやりだけど、なんとなく覚えている。


「フィラーラ、いたい……」

「あっ、ごめん!」


 抱きしめる腕に力が入り過ぎていたことに気付き、フィラーラは慌てて体を離した。

 桃華はゆっくりと上体を起こし、周囲を見回す。そこは学び舎の校庭広場だった。どうやら広場に置かれたベンチで眠っていたらしい。

 周囲には自分とフィラーラ以外の姿は見当たらない。


「他のみんなは?」

「ルーンたちは中だよ。あんぜんかくにん…?…に行った。わたしはお留守番」


 言葉を選びながら一生懸命に答えるフィラーラに、桃華は静かに耳を傾ける。

 カフルエルとシエルが姿を消した後、校舎を覆っていた黒いスライムは消え、学び舎全体を包んでいた禍々しい気配も大きく薄れた。

 もう脅威は去ったと考えてもいいだろうとシオンは言っていた。しかし気配は微かに残っていたため、念のため彼らは校舎内の安全確認へ向かったのだという。


「私が気を失っている間も、大変だったんだね」

「うん。でも、もう大丈夫だろうって」


 そう言って微笑むフィラーラの表情には、ようやく張り詰めていた緊張が解けたような色が見えた。

 桃華は少しだけ視線を落とし、眉尻を下げる。


「……ねぇ、フィラーラ」

「ん?」

「ここに、……清、来てる?」


 恐る恐る尋ねると、フィラーラは迷うことなく頷いた。


「うん。清龍さんも来てるよ。呼んでくる?」

「え、あ……ううんっ、大丈夫!」


 桃華は慌てて首を横に振る。

 胸の奥が、少しだけ痛んだ。


「………」


 あの時。

 もし自分を助けてくれたのが、あの龍ではなく清龍だったなら。

 そんな考えが頭をよぎるが、しかし気になることがひとつ。


「(でも……あの龍、どこかで……)」


 脳裏に浮かぶ蒼く美しい鱗。

 どこか懐かしさを感じる姿。

 初めて見たはずなのに、どこかで会ったような気がしてならない。


「(どこで見たんだっけ…?)」


 記憶を辿ろうとしても、靄がかかったようにはっきりと思い出せない。

 小さく首を傾げて考え込んでいると、不意にフィラーラの視線を感じた。

 桃華が顔を上げると、フィラーラは心配そうにこちらを見つめている。


「どうしたの?」

「ももか……ほんとに大丈夫?」

「ん?」

「さっき、起きる前……うなされてたから……」

「うなされてた?」

「うん。……嫌な夢でも見てたの?」


 不安そうな問い掛けに、桃華は自分の体へ意識を向ける。

 言われてみれば、体が少し冷えている。背中にはじっとりと汗が張り付き、不快な感覚が残っていた。


「うーん……あまり覚えてないけど……」

「そう……」


 どこか安心しきれない様子のフィラーラを見て、桃華は柔らかく微笑む。


「それより、フィラーラは大丈夫?」

「?」

「怖くなかった?」


 聞かれて、少し驚いたように目を丸くしたフィラーラだったが、すぐに元気よく笑った。


「……うんっ。へーき。 みんなが守ってくれたから!」

「……そう」


 その笑顔を見た桃華も、自然と口元を緩める。

 張り詰めていた心が、少しだけ軽くなった気がした。


「人魚の子」


 そこで低く落ち着いた声が響き、二人はそちらへ視線を向ける。視線の先にいたのはホワイトだった。

 校庭広場を見回っていた彼は静かに彼女たちへ歩み寄り、桃華が起きていることに気付くとその前で足を止める。


「起きていたか、桃色人魚の子。気分はどうだ?」

「……はい。大丈夫です。ご心配をおかけしてすみませんでした」


 桃華は頭を下げる。

 ホワイトは小さく頷き、周囲へ視線を巡らせた。


「ここら辺はあらかた見て回った。特に問題はない。学び舎の子らも問題なく生きている」

「……ほんとう?」

「ああ」


 恐る恐る尋ねる。

 短くも力強い返事に、フィラーラはほっと胸を撫で下ろした。


「こちらも問題はない」


 その時、別方向からも声が聞こえ、グリーンが広場へ姿を現す。

 ホワイトとグリーンは校庭広場を手分けして調査していたようで、双方とも異常は見つからなかったらしい。

 彼らが言うのであれば、校庭広場にはもう危険はないと判断していいだろう。


「……………」


 残るは校舎内のみ。

 ホワイトとグリーンは互いに視線を交わし、静かに校舎の方へ目を向けた。


 黒い瘴気は消え去り、静寂を取り戻した学び舎。

 だが、その静けさの奥には、まだ何かが残されているような気配が微かに漂っていた。



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