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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
3、ダークエルフ
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狂気





 校舎中から集められた瘴気は、カフルエルの掌の上で渦を巻きながら膨れ上がっていく。やがて、それは人の胴ほどもある巨大な黒い球体となってその場に浮かび上がった。

 濃密な呪いが凝縮されたそれは、見ているだけで胸が締めつけられるような圧迫感を放っている。


「……いい」


 カフルエルは満足そうに口元を緩めると、ゆっくりと球体を自身の胸元へ引き寄せた。すると黒い球は音もなく彼の体へ吸い込まれ、跡形もなく消えていく。

 次の瞬間、ドクンと低く重い鼓動が周囲へ響いた。


「……ククッ…カハ……クカハハハッ!」


 肩を震わせる。

 狂気を帯びた笑い声が空へ響き渡る。

 額へ手を添えたカフルエルは、全身を巡る呪いの力に酔うように目を細めた。


「……すごい。こんなに強大な呪いは久し振りだ!」


 その姿を見つめながら、シエルは静かにフィルの背中から離れる。

 同時に、仲間たちを縛っていた拘束も解けた。


「ルーン!」


 真っ先に駆け出したフィルは彼女の前へ立ち、その身を庇うように肩を寄せる。


「……これならば。これならば、すぐにでも実行に移せる……!」


 カフルエルは低く呟く。

 極限まで見開かれた瞳。

 掌を覆う黒い瘴気を見つめながら、彼は笑い続けた。


「っ、」


 その全身を渦巻く狂気に、ルーンは思わず息を呑む。言いようのない恐怖が胸を締めつけ、無意識のうちにフィルの背中へ身を寄せた。


「っ……!?」


 その時、カフルエルの表情が突然歪む。


「ぐっ……あぁっ!」


 胸を押さえ、その場で体を折る。


「カフルエル!?」


 シエルは目を見開き、駆け寄った。

 カフルエルの顔色は瞬く間に青白く変わり、額からは大量の汗が流れ落ちている。


「なん……だ……っ!」


 苦しげな呻き声。

 立っていることすらできなくなり、片膝をつく。

 荒い呼吸を繰り返した直後。


「がはっ、…ぐぁぁっ!!」


 口から黒い液体を吐き出した。

 血にも見えるその液体は地面へ飛び散り、不気味な音を立てる。


「カフルエル!」


 シエルの悲痛な叫びが響いた。

 何が起きているのか誰にもわからない。


「………っ」


 だが、ターナだけは直感した。

 今しかない。そう判断した彼女は槍を構え直し、力強く地面を蹴る。

 一直線にカフルエルへ迫る。

 だが。彼の体を包み込むように黒い瘴気が爆発的に噴き上がった。


「っ!」


 衝撃波のような呪いが周囲へ広がる。

 ターナは槍ごと吹き飛ばされた。


「きゃあっ!」


 シエルも巻き込まれ、悲鳴を上げる。

 依千蔵もシオンもフィルもルーンも。その場にいた誰もが抗うこともできず宙へ弾き飛ばされた。

 地面へ叩きつけられた直後、今度は目に見えない圧力が全身へ襲いかかる。まるで巨大な岩を乗せられたようだった。

 体が動かない。起き上がろうとしても、指一本すら思うように動かせない。


「は……っ……」


 呼吸すら苦しい。

 胸が押し潰される。


「ぐっ……あぁっ!」


 カフルエルは両手で頭を抱え、絶叫した。


「ぐああああっ!!」


 頭が砕けそうな激痛。

 胸を内側から引き裂かれるような苦しみ。

 全身を何かに食い破られていくような感覚。

 そのすべてが彼を襲っていた。


「あああああああぁぁぁっ!!」


 断末魔にも似た叫びが空へ響く。

 次の瞬間。黒い瘴気が激しく渦を巻き、カフルエルの姿を包み込んだ。


 そして。

 彼はそのまま跡形もなく姿を消した。

 同時に、周囲を支配していた圧力も嘘のように消え去る。


「……っ、ごほっ!」


 ルーンは咳き込みながら身体を起こした。

 胸の痛みはまだ残っている。


「きゅうっ!」


 ブルーテイルが慌てて飛び込み、小さな体を彼女の胸へ押し当てる。震えるその体を抱き留めながら、ルーンはゆっくりと息を整えた。

 依千蔵もシオンも、倒れていた仲間たちも少しずつ立ち上がる。フィルも体を起こし、周囲を見渡した。


「ルーン、大丈夫か?」

「ごほっ……けほっ……」


 咳は止まらない。

 それでもルーンは小さく頷く。


「……平気」


 立ち上がり、周囲へ視線を巡らせた。


 カフルエルの姿はない。

 だが、その禍々しい気配だけはまだ薄く空気へ残っていた。



+


 一方。

 少し離れた場所では、シエルが倒れたまま苦しげに喘いでいた。


「はぁっ……はぁ……っ……。」


 胸の奥が焼けるように熱い。

 全身に鋭い痛みが走る。

 体内で呪いそのものが暴れ回っている。

 そんな感覚だった。


「……あっ……ああっ!」


 魔法で抑え込もうとするが、しかし魔力は乱れ、術式は形にならない。

 このままでは体の内側から壊される。そんな恐怖が胸を満たしていく。


「嫌……っ、こんなところで……!」


 赤い瞳から涙がこぼれ落ちる。

 その時、誰かの足音が近づいてきた。


「………?」


 ぼやけた視界の向こう。

 立っていたのは、一人の男性だった。顔までは見えない。

 彼は静かにしゃがみ込むと、苦しむシエルをそっと抱き上げる。そして耳元で小さく何かを囁いた。


「! ……──」


 その言葉を聞いた途端。

 張りつめていたシエルの体から力が抜ける。

 瞼がゆっくりと閉じられ、穏やかな眠りへ落ちていった。

 乱れていた呼吸も、次第に落ち着きを取り戻していく。


「シエル!」


 離れた場所からフィルの声が響く。

 だが男性は振り返らず、ただ静かにシエルを抱えたままその場から姿を消した。



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