どうも出来ない?
外に出るとヴィーは石段の上へ歩み寄り、腕の中のエーをゆっくりと座らせた。
「……ほら」
背中を支えるようにして座らせるとエーは小さく息を吐き、力なく肩を落とす。
「はぁ……っ、はぁ……」
苦しげな呼吸は依然として乱れたままだ。彼女の膝に乗っていたクロコは、ぺたりと張り付くように身を伏せ、微動だにしない。
ヴィーはその隣へ腰を下ろすと、そっとエーの手を包み込んだ。指を絡め、逃がさないように優しく握る。
「安心しろ。すぐに良くなる」
「…………」
返事の代わりに、エーはかすかに息を漏らした。そのまま身体を預けるようにヴィーの肩へともたれかかる。
「んっ、……」
エーの内に宿る白い羽根。
それが呪いによって穢れた時、それを浄化できるのはヴィーだけだった。
彼の中に眠る黒い羽根は、互いの身体が触れ合うことで力を発揮する。密着した身体を通して、穢れた白い羽根から呪いだけをゆっくりと吸い上げていく。
「………アイ、……ル」
「…………」
目には見えない力が、確かに今、二人の間に静かに流れ始めた。
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その頃、少し離れた場所では依千蔵が校舎を見上げていた。
「…………外から見ると、またエグいな」
思わず漏れた声には驚愕が滲む。
校舎全体は黒く蠢くスライムに覆われ、まるで巨大な生き物に飲み込まれているようだった。
壁も窓も屋根も、そのすべてが黒い粘液に侵食されている。
視線を校庭へ向ければ、倒れ伏した生徒や教師たちの姿があちこちに見えた。
「こんなの……どうしろって言うのよ……っ」
「きゅう…」
ルーンは唇を噛み締め、小さく呟く。その肩にいたブルーテイルも不安そうに鳴いた。
学び舎全体を覆う呪いは、もはや自分たちだけでどうにかできる規模ではない。誰もが、その現実を痛感していた。
「なかなか良い空気だな」
そこで、唐突に響いた声。
あまりにも近くから聞こえたその声に、一同は一斉に振り向く。
「っ……!」
そこに立っていたのはカフルエルだった。
まるで最初からそこにいたかのように自然に仲間たちの輪へ紛れ込み、彼もまた校舎を眺めている。
誰一人、その接近に気づかなかった。
シオンとターナは即座に武器を構え、依千蔵、朱咲、清龍たちも素早く距離を取る。
空気が一瞬で張り詰めた。
「貴方っ……!」
ルーンも後退しようとしたが、その前にカフルエルの手が彼女の手首を掴む。
「っ……!」
鋼のような握力。
振り払おうとしても微動だにしない。
「ルーン!」
フィルが飛び出そうとするも、しかしその足は一歩も前へ出なかった。
「……っ?」
身体が動かない。
腕も脚も、まるで見えない鎖で拘束されたように硬直している。
依千蔵たちも同様だった。誰一人として動くことができない。
「ふふ。駄目よ、邪魔しちゃ」
「っ!」
耳元で囁くような女の声。
背中へ伝わる冷たい体温に、フィルは息を呑む。
恐る恐る振り返ると、そこにはシエルがいた。ぴたりと背中を密着させ、楽しそうに微笑んでいる。
「……それがシエルの言っていた首飾りか」
カフルエルは興味深そうにルーンの胸元へ視線を落とす。
ゆっくりとペンダントへ手を伸ばすと、パチンッと乾いた音とともに光が弾ける。結界のような光が彼の手を勢いよく弾き返した。
「………」
指先に残る痺れを見つめながら、カフルエルは静かに視線を動かす。
その先にいたのは、ヴィーにもたれかかるエー。
「……なるほど。あの女の力が宿っているのだな。どうりで……」
低く呟く。
ルーンは必死にもがくが、拘束は少しも緩まない。
その時、鋭い閃光が一直線にカフルエルへ走る。
ガキンッと、金属がぶつかるような音が響き、光は見えない結界に弾かれた。
「……学習能力のない奴だ」
冷ややかな声。
攻撃を放ったのはシオンだった。
いつの間にか拘束を破り、剣を構えてカフルエルを睨み据えている。
「シエルの術を解いたか。なかなかのものだな」
カフルエルはわずかに口元を緩めた。その言葉と同時に、彼はルーンの手首を放す。
そして掌を前へ掲げると、黒い魔法陣が静かに浮かび上がった。次の瞬間。激しい黒炎がシオンへ襲い掛かる。
「っ!」
シオンは咄嗟に身を捻って回避した。だが避け切れず、炎は左腕を掠める。
焼ける匂いが漂い、衣服の袖が焦げ落ちた。
「炎よ!」
ルーンもすぐさま魔法陣を展開する。放たれた炎は一直線にカフルエルへ向かった。
しかし。透明な結界へ触れ、あっさりとかき消される。
「……貴様らには傷一つつけられん」
絶対的な自信に満ちた声だった。
カフルエルはゆっくりと掌を天へ向ける。
足元に広がる巨大な魔法陣。赤黒い光が脈打つように明滅し、禍々しい瘴気が周囲へ溢れ出していく。
やがて、その瘴気は掌の上へ集まり始めた。黒く渦を巻き、濃密な塊となっていく。
それに呼応するように、校舎全体へ張り付いていた黒いスライムがぼとり、ぼとりと音を立てて地面へ落ちた。無数の塊は意思を持つように蠢き、一斉にカフルエルのもとへ集まっていく。
「……っ」
学び舎を覆っていた呪いが、一点へ収束していく光景。
それを見たルーンは、ずきりと痛む胸をぎゅっと押さえた。




