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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
3、ダークエルフ
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フィラーラの役割を考える





 黒い煙を吸い込み終えた小さな箱は、満足したように小さく震えると静かに動きを止める。

 辺りには束の間の静寂が訪れた。


「…シオン、…なんだそれは……?」


 グリーンがぽつりと呟く。

 その声には、驚きと戸惑いが入り混じっていた。

 シオンは何も答えない。

 箱を荷物袋へしまい込むと、ゆっくりと彼はフィラーラへ向き直った。


「フィラーラ」


 名前を呼ばれ、彼女は涙で濡れた顔を上げる。


「お前は何もするな」

「……え?」


 その一言に、フィラーラの表情が固まった。


「お前は何もせず、俺たちを見ていればいい」


 シオンの瞳はどこまでも冷静で、感情を感じさせない声が続く。


「元々、人魚は非力な種族だ。そんな奴が戦いに出たところですぐにやられる。無駄死にするくらいなら、そこで大人しくしていろ」


 容赦なく言葉は重ねられる。

 フィラーラは唇を震わせた。


「前線に出られたら邪魔だ」


 その一言が胸へ深く突き刺さる。

 フィラーラは息を詰まらせ、何も返せない。

 シオンはそれ以上何も言わず、再び剣を抜くと彼女へ背を向けた。迷いのない足取りで戦場へ戻っていく。

 その背中を見送りながら、グリーンは大きく息を吐いた。


「あやつ……こういう時くらい言葉を選ばぬか」


 呆れ半分、苦笑半分の声。

 そして彼もゆっくりとフィラーラへ向き直る。

 肩を震わせ、小さく嗚咽を漏らしながら彼女は涙を流していた。


「フィラーラよ」


 優しい声がかけられる。


「ああは言っているが、シオンはおぬしを心配しておるのだよ」

「ひっく……」

「おぬしの気持ちは、我にもよく分かる」


 グリーンは静かに目を細めた。


「だが、我もあやつと同じだ。おぬしには戦ってほしくはない」


 フィラーラは涙を拭うこともせず、小さく頷く。


「……わかってる」


 震える声だった。


「シオンは優しいっ。でもっ…わたしも何かしたい……っ」


 言葉が詰まる。

 また涙が溢れた。


「みんなの……シオンの役に立ちたいっ」


 その想いは、嘘偽りのない本心だった。グリーンはしばらく黙って彼女を見つめる。

 やがて身体を動かし、彼女の前へちょこんと座った。


「ならば」


 ゆっくりと口を開く。


「"歌う"ことだ」

「……え?」


 フィラーラは目を瞬かせた。


「人魚の歌には力が備わっている」


 グリーンは穏やかに続ける。


「それは人を癒やす程度の微量なるもの。あやつらが戦いで傷ついた時、その歌で癒やしてやると良い」

「……人を、癒やす?」

「うむ」


 グリーンは静かに頷く。


「おぬしの歌は、ものを作り、動かすためだけのものではない。人を支えることもできるのだ」


 優しく微笑む。

 その言葉に、フィラーラは涙を流したまま目を丸くした。



+



「はい、終わり!」


 軽い調子で言いながら、ヴィーは最後の一人となった生徒の首筋へ刀の腹を当てる。

 鈍い衝撃とともに生徒は気を失い、その体へまとわりついていた黒いスライムだけを剥がし落とした。

 地面でもぞもぞと蠢くそれへ魔法を放つと、黒い塊は一瞬で灰となり消え去っていく。


「これで最後か?」


 刀を一振りし、ヴィーは聞く。


「ああ。問題はなさそうだ」


 ホワイトが周囲を見渡しながら答えた。


「はぁ……ったく、手間取らせやがって」


 ヴィーは肩を回す。

 手に持った刀が小さく震えた。


「…普段の戦い方と違ったが、助かったよ。さんきゅな」


 礼を言うと、刀は満足そうに震えを止める。ヴィーはそれを肩へ担ぎ、息を吐いた。


「助かったぞ、シオン」


 ターナがシオンへ歩み寄る。

 シオンは首を横に振り、剣を鞘へ納めながら答えた。


「カフルエルを追っていたら、お前たちの姿を見つけてな。優先順位が変わった」

「っ、カフルエルがここにいるのか!?」


 短く息をつくと、ヴィーが目を見開く。


「ああ。……ルーンと共にいるのを見つけ、先手を取ったが逃げられた」

「ルーンと?」


 シオンは静かに頷く。

 その名に、ホワイトの表情が険しくなった。


「現在、私のルーンは『呪いの花』というものに侵されている状態だ。早く見つけて対応策を考えねばならん」


 その声には焦りが滲んでいた。

 そう言うと、ホワイトは踵を返し昇降口へ向かう。

 グリーンとフィラーラの間を通り抜けて扉の前へ立つと、取っ手へ手を掛けた。


 ガチャリ。

 乾いた音とともに扉が開く。


「ん、開いている?」


 まさか開くとは思わず、ホワイトは首を傾げた。


「は?なんで?さっきは閉まってたんだぞ?」


 ヴィーが駆け寄る。

 開いた扉を覗き込みながら、ホワイトは顎へ手を添えた。


「あの黒き者たちがいなくなったから鍵が開いたのか?」

「あいつらが鍵代わりだったってことか?あいつらどんだけだよ!」


 ヴィーは頭を搔き、思わず叫ぶ。


「しかし、これで中に入れる」


 ホワイトは静かに校舎の奥を見据えた。


「一刻も早く私のルーンたちと合流しなければ」

「………そうだな」


 その言葉に全員が頷く。

 そしてヴィーたちは開いた扉をくぐり、校舎の中へ足を踏み入れた。



+


 校舎内に入ると、外とは比べものにならないほど濃密な瘴気が一斉に襲いかかる。


「っ……!」


 誰もが思わず足を止めた。

 息が詰まる。肺へ重い空気が流れ込み、体の奥まで圧し潰されるような感覚が走る。


「なんだよ、この気配っ……」


 ヴィーが顔をしかめた。

 廊下のあちこちには、不気味な黒い花が咲き乱れている。


「……廊下の至るところに、不思議な花が咲いているな」


 グリーンが静かに呟く。

 シオンがその花へ視線を向けた。


「あれが、呪いを生み出す花だ」


 花の中心からは黒い煙が絶えず立ち上っている。


「あの煙を一定量吸い込み続けると、もれなく呪われる」

「わ、わたしたちは大丈夫?」

「安心しろ。結界を張っておけば問題はない」


 フィラーラが不安そうに尋ねると、シオンは頷く。グリーンが魔法陣を展開し、透明な結界が仲間たちを包み込んだ。

 漂っていた煙は弾かれ、周囲の空気が少しだけ軽くなる。


「(ここにずっといたんじゃ、きっとぶっ倒れてるだろうな……)」


 ヴィーは廊下の奥を見据える。そう思いながら、脳裏に浮かべたのはエーの姿。

 彼女は人一倍、呪いに弱い。その身に宿る羽根の力ゆえに呪われることはなくとも、その代償として呪いの気配そのものに強く蝕まれてしまう。


「(それか、この空気に耐えられなくてゲロってるかもな……)」


 冗談めいた考えが浮かぶ。

 だが、その表情は笑っていなかった。


「(……さっさと見つけてやらねぇと)」


 拳を強く握り締める。

 そしてヴィーは先に歩き出した仲間たちとともに、重苦しい静寂が支配する校舎の奥へ向かって足を動かした。



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