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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
3、ダークエルフ
243/265

わたしはなにもできない





 黒いスライムを引き剥がされた生徒たちが次々と倒れていく。

 だが、安堵する暇などなかった。


「こっちも来るぞ!」


 グリーンの鋭い声が響く。

 その声に全員がはっと顔を上げた。シオンが風をまとった剣で何人もの生徒を吹き飛ばしたとはいえ、校庭にはまだ大勢の生徒が残っている。

 彼の剣技をかいくぐった者たちが、呻き声を漏らしながらヴィーたちへ迫ってきていた。


「っ、」


 ヴィーが地面を蹴る。

 同時にターナも駆け出した。

 その背後では、ホワイトとグリーンが足元へ魔法陣を展開する。

 ホワイトの静かな詠唱とともに、眩い光弾がいくつも宙へ浮かび上がり、生徒たちへ向かって一直線に放たれた。

 グリーンも素早く敵陣へ飛び込み、生徒へまとわりつく黒いスライムだけを鋭い爪で引き剥がす。引き剥がされたスライムは地面へ叩きつけられ、身をよじらせながら蠢いた。


「はっ!」


 ヴィーとターナの役目も同じだ。

 狙うべきは生徒ではない。彼らへ取り憑いた黒いスライムだけ。

 人を傷つけずに魔物だけを倒す。それは二人にとって決して得意な戦い方ではなかった。

 それでも、やるしかない。


「うあああああッ!!」


 狂ったような叫び声を上げ、生徒が飛びかかってきた。すれ違いざま、ヴィーは逆刃で首筋を軽く打つ。鈍い音とともに生徒の意識が途切れ、その場へ崩れ落ちた。

 倒れる寸前、ヴィーは刀を返して黒いスライムだけを素早く削ぎ落とす。地面へ落ちたスライムは、そのまま魔法で焼き払われ、黒い煙となって消えていった。


「光を!」


 ホワイトの号令とともに、新たな光弾が空を裂く。眩い閃光が生徒たちの動きを止め、その隙にグリーンが一匹ずつ確実にスライムを引き剥がしていく。


「…………」


 その戦場の中で、ただ一人。

 フィラーラは離れた位置で立ち尽くしていた。

 震える指先を胸の前で握り締め、眉尻を下げながら仲間たちを見つめる。


「……っ」


 何かしなければ。

 そう思う。けれど、自分には何ができるのか分からない。

 ヴィーやターナのように武器を振るえないし、ホワイトやグリーンのような強力な魔法も使えない。


「……わたしも……なにかっ」


 声は震え、唇を強く噛み締める。


「……いつもそうだ」


 それは、誰にも届かないほど小さな呟きだった。


「(わたしは、いつも見てるだけ……)」


 その足元へ、誰にも気づかれぬよう黒い煙が這い寄る。煙は蛇のように絡みつき、ゆっくりと彼女の足首を包み込んだ。

 フィラーラは気づかない。


「……あの時だって、役に立てなかった」


 煙は少しずつ膝へ、腰へと這い上がっていく。


「あああああッ!!」


 その時、一人の生徒がヴィーたちの死角を突き、一直線にフィラーラへ襲いかかった。


「フィラーラ!」


 グリーンが叫ぶ。

 ホワイトも振り向き、彼女のもとへ向かおうとするが距離が遠く、間に合わない。

 生徒が腕を振り上げ、そのまま勢いよく振り下ろした。

 鈍い衝撃音が響く。

 しかしその攻撃はフィラーラに届くことはなかった。代わりに生徒の体が横へ吹き飛び、その場へ倒れる。


「…………」


 フィラーラはゆっくりと顔を上げた。

 目の前には、一人の背中。

 風に揺れる紺色の髪。剣を握る右手。

 それはシオンだった。

 彼は剣を一閃させ、生徒へ張り付いていた黒いスライムだけを鮮やかに切り落とす。


「シオン……?」

「ボーッとするな」


 振り返り、短く告げる。

 その鋭い視線はフィラーラ自身ではなく、彼女の体へ絡みつく黒い煙を見据えていた。彼の眉がわずかに寄る。


「わ、わたしも……何かしないとって思って……」


 声が震える。


「でも、何をしたらいいか分からなくて……」


 ぽろり、と涙が零れ落ちる。


「わたし、みんなの……シオンの足手まといになるの嫌なの……っ。」


 言葉はとめどなく溢れて止まらない。


「ずっと離れたところで見てるだけなの嫌なのっ! 守られるだけなのもヤなのっ!」


 煙の影響か、涙も次々と溢れていた。


「わたしもっ、みんなといっしょがいいの!しおんとずっといっしょがいいのおっ!!」


 悲痛な叫びは、いつしか幼い子どもが泣きじゃくるような声へ変わる。

 その心の揺らぎに呼応するように、黒い煙はさらに勢いを増し、彼女の体を包み込み、肩へ、首へと絡みついていった。


「シオン!何があった!」


 異変に気づいたグリーンが駆け寄る。

 しかし、シオンは答えなかった。

 ただ静かにフィラーラを見つめ続ける。その視線の先で、校舎の奥から伸びる黒い煙が彼女へ繋がっているのが見えた。


「……!」


 グリーンもそれを見て、表情が変わる。


「フィラーラ!気を確かに!己を強く持て!このままでは取り込まれるぞ!」

「ううぅ……」


 頭を抱え、フィラーラは首を振る。


「わたし、なにもないっ。なにもないっ」


 煙はさらに濃くなる。


「これじゃ、このままじゃいつかまたひとりに……っ。ひとりぼっちになっちゃうっ!そんなのっ、そんなのやだあっ!」


 泣き叫ぶその姿を見つめながら、シオンは静かに剣を鞘へ収めた。

 腰の荷物袋へ手を伸ばす。取り出したのは、手のひらほどの小さな黒い箱だった。その箱は、まるで生きているかのようにカタカタと震えている。


「シオン?なんだそれは?」


 グリーンが首を傾げる。

 またも、シオンは何も答えない。

 無言のまま箱をフィラーラへ向ける。すると箱はぶるぶると大きく震え始めた。

 次の瞬間、ぱかりと蓋が割れるように開き、鋭い牙が並ぶ大きな口が現れる。


「え……?」


 フィラーラが目を丸くする間もなく、その口は勢いよく黒い煙を吸い込み始めた。

 ごう、と音を立てながら煙が渦を巻き、箱の中へ消えていく。体へ絡みついていた煙はみるみる薄れ、やがて跡形もなく吸い尽くされた。


「!」


 力が抜けたように、フィラーラはその場へ座り込む。

 そして箱は満足そうに口を閉じると、小さく一つ、げっぷをした。


「げふっ」


 その何とも気の抜ける音を聞き、シオンは深いため息をついて静かに肩を落とした。



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