さすが人外
校舎を包む異様な気配は、学び舎の外にいるヴィーとターナのもとにも確かに届いていた。
それまでとは比べものにならないほど重く、肌にまとわりつくような圧迫感。空気そのものが沈み込み、世界から色が抜け落ちていくようだった。
「何だ……?」
眉をひそめ、ターナが低く呟く。
防壁の前で何度も破壊を試みていたヴィーは、その気配に顔を上げたあと、苛立ちを隠せないまま拳を防壁へ叩きつけた。鈍い衝撃音だけが響き、防壁には傷一つつかない。
「くそっ、いくらやっても駄目だ!」
舌打ちをすると、防壁から数歩離れて空を見上げる。
頭上には結界。目の前には防壁。
上も下も塞がれ、学び舎へ入る術はない。
「中から蹴破ってくれる様子もなかったし……この防壁、かなりの魔力で覆われてる」
焦りだけが募っていく。
中では確実に何かが起きている。
それが分かるからこそ、この何もできない状況が歯がゆかった。
「ターナさん!」
そこで、突然聞こえた声に二人が振り向く。
駆け寄ってきたのはホワイト、グリーン、そしてフィラーラだった。家で待機していた三人も、先ほどから漂い始めた異変を感じ取ったのだろう。
「不良の子もいたのか」
「エーに呼ばれてな」
ホワイトが静かに言うと、ヴィーは短く答える。
フィラーラは辺りを見回し、不思議そうに首を傾げた。
「……シオンと清龍さんは?」
「奴らは中に入ってった。私らは留守番だ」
その返答に、グリーンも首を傾げる。
「君たちは入らないのか?」
「俺たちは入れないんだよ。入れたら、とっくにそうしてる」
ヴィーは忌々しげに防壁を拳で叩く。
説明を聞いたフィラーラは、防壁の前へ歩み寄った。興味深そうに両手を伸ばし、そのまま防壁へ触れる。
すると、彼女の両腕は抵抗もなく防壁の中へすっと沈み込んだ。手首の辺りに水面のような波紋が広がる。
「わっ、手が消えたよ!?」
ぱちぱちと目を輝かせたフィラーラは、面白がるように何度も腕を出したり引っ込めたりした。
「おもしろーい!」
「おい、やめろ!おもちゃじゃねーんだぞ!」
その様子を見たヴィーの頬がぴくりと引きつり、慌てて彼女の手首を掴んで強引に防壁から引き離す。
一方でグリーンも興味を示し、防壁へ顔を近づけた。鼻先が触れた部分だけ、やはり静かな波紋が広がる。
「……ふむ。どうやら我々は入れるようだな」
ホワイトも手を伸ばし、同じように防壁へ触れた。
「何故、人魚の子と私たちは入れ、死の子と不良の子は入れないのだ?」
「この防壁は特定の人間以外の人間を通さない」
ターナは苦々しく答える。
「つまり、人外は普通に入れるんだよ」
「なるほど」
ヴィーが言葉を続けると、ホワイトは静かに頷いた。が、すぐに疑問を口にする。
「……それならば死の子が入れないのはおかしくないか?」
その問いに、ターナは一瞬だけ黙り込んだ。
「……私は今は人間だ。訳あってな」
腕を組み、視線を逸らす。
短い沈黙。ホワイトはそれ以上尋ねることなく、小さく頷いた。
「……そうか」
余計な詮索はしない。
その気遣いに、ターナも何も言わなかった。
「貴方は入れないの?」
フィラーラが今度はヴィーへ向き直る。
「俺は正真正銘人間だからな」
ヴィーは肩をすくめ、自嘲気味に笑った。
「エーと違って人外になる力もねぇよ。残念ながらな」
そう言って、防壁を思い切り蹴りつけた。鈍い音だけが響き、やはり壁はびくともしない。
ホワイトは静かに防壁を見つめる。
「………この壁を壊せれば、君たちも入れるのだな」
「ああ。だが、いくらやっても壊せなかった」
ヴィーが答える。
ホワイトはゆっくりと前へ出た。
「……私がやってみよう」
静かな声とともに、防壁へ掌を添える。
その手の下に淡い光が灯り、小さな魔法陣が展開された。魔法陣はゆっくりと大きさを増し、幾重もの紋様が重なり合っていく。
やがてそれは眩い光を放ちながら回転を始めた。ぐるぐると素早く回転した魔法陣は次第に速度を落とし、ぴたりと停止する。
その瞬間、ピシッと小さな亀裂が走った。
一本だったひびは蜘蛛の巣のように瞬く間に広がり、防壁全体を覆っていく。
そして、パリンッと甲高い破砕音とともに防壁は一斉に砕け散った。
砕けた破片は地面へ落ちることなく、光の粒子となって空中へ溶けるように消えていく。
「なっ……!?」
ヴィーは目を見開いた。
しかし、その驚きはすぐに別のものへと塗り替えられる。
壊れた防壁の向こう。
そこに広がっていた景色は、誰の予想も遥かに超えていた。
「っ、」
ヴィーは真っ先に門を駆け抜ける。ターナ、フィラーラもその後を追い、グリーンとホワイトも静かに歩みを進めた。
学び舎の広場へ足を踏み入れた瞬間、重苦しい空気が全身へまとわりつく。
胸が締めつけられるような圧迫感。言葉を失ったまま、ターナたちは目の前の光景を見つめた。
広場には学び舎の制服を着た生徒たちが何人も倒れていた。その中には教師と思われる男女の姿まであり、誰も動かない。
静まり返った広場には、不気味な風だけが吹き抜けていた。
「……これは」
ターナが低く呟く。
ヴィーは険しい表情のまま周囲を見渡し、そのまま校舎へ向かって駆け出した。
そして校舎前へたどり着いた瞬間、その足が止まる。
「……なんだ、あれ」
そこには、校舎全体を覆うように黒いスライム状の何かがゆっくりと蠢いていた。
生き物のように脈打ちながら壁を這い、窓を塞ぎ、建物そのものを飲み込もうとしている。
その異様な姿を前に、誰もすぐには言葉を発することができなかった。




