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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
3、ダークエルフ
239/263

実験





 どくん、どくん、と胸が激しく脈打つ。


「っ、」


 ルーンは何度もショウコの拳を受け、廊下の床へ倒れ込んでいた。

 腕も肩も腹部も鈍い痛みに悲鳴を上げている。制服はあちこちが破れ、露わになった肌には青紫の痣がいくつも浮かんでいた。


 息をするだけで身体中が痛む。

 それでもショウコは止まらない。

 無表情のまま拳を振り上げ、ただ機械のように攻撃を繰り返してくる。


「…あっ…!」


 腕でどうにか受け止めるたび、衝撃が全身へ響いた。


 一方、フィルもまた身動きが取れずにいた。

 ルーンのもとへ駆け寄りたいと思っていても、修介の刀が容赦なく行く手を阻む。

 斬り込みを盾で受け止め、押し返したところへ次の一撃が飛んでくる。離れる隙など与えてはくれなかった。


「一番に……!」


 修介が叫ぶ。


「一番にならないと……っ、そうじゃないと意味がない!そうじゃないと俺は!俺は……っ!」


 叫びと共に刀が振り下ろされる。


「くっ!」


 フィルは盾でその一撃を弾き返し、大きく声を張り上げた。


「シエル!修介たちを元に戻してくれ!」


 その言葉に、シエルは目を丸くした。


「どうして?」


 あまりにも自然な問い返し。


「どうしてって……!結果はもう見えてるだろ!その花の煙を吸ったら、みんなおかしくなってオレたちを襲う!修介もショウコも、他の生徒たちも、君たちとは関係ない!」


 フィルは声を荒らげる。

 シエルは少しだけ考えるように目を伏せた。


「…………たしかに関係はないわね」


 そして静かに微笑む。


「だけど、それは貴方たちの言い分でしょ」


 冷たい瞳がフィルを映す。


「関係があろうがなかろうが、それこそ私たちには関係ないわ」

「シエル!」


 フィルが叫ぶ。

 するとシエルはふと何かを思いつき、小さく笑った。


「んー。でも、そうね……」


 口元へ指を添え、楽しそうに呟く。


「もし、貴方が私のものになってくれるのなら考えなくもないわ」

「……は?」

「その子たちを戻してほしいんでしょ?」


 フィルの思考が止まった。

 シエルは真っ直ぐ彼を見つめたまま続ける。


「だったら、それと引き換えに私のものになってちょうだい。そしたら、この実験もやめてあげてもいいわ」

「な、に……」


 柔らかな声だった。

 廊下が静まり返る。

 あまりにも予想外の条件だった。

 一瞬、盾を握る力が抜ける。

 その隙を修介は見逃さなかった。


「っ!」


 刀の柄がフィルを強く突き飛ばす。身体は大きく吹き飛び、背中から壁へ激突した。


「がっ……!」


 鈍い衝撃に顔をしかめながら、それでもフィルはシエルを見つめる。

 冗談ではない。そのことは、彼女の真剣な眼差しが何より物語っていた。


「それほどの価値が貴方にはあるのよ、フィル」


 シエルは頬をほんのり赤く染め、恍惚とした笑みを浮かべる。


「……私はね、貴方が欲しくてたまらないの。誰にも渡したくはない。そこのダークエルフのお嬢さんにも、誰にもね」


 その声には迷いがなかった。

 愛おしいものを見つめるような視線がフィルへ注がれる。


「悪くない話だと思うのだけど。貴方が私のもとへ来るだけで、その子たちは助かって、この騒動も終わる。実験は概ね成功したも同然だし、貴方たちも安心できる。どう?良い提案じゃない?」


 シエルは穏やかに言い、くすりと笑う。


「…………ふざけないで」


 すると低い声が廊下へ響いた。

 シエルが視線を向けると、そこには腹部を押さえながら立ち上がるルーンの姿。傷だらけの身体で、それでも彼女は真っ直ぐ前を見据える。

 瞬間、足元へ魔法陣が広がった。


「風よ…!」


 轟音と共に突風が吹き荒れる。

 修介とショウコの身体がまとめて吹き飛ばされ、壁へ激突した。加減された一撃ではあったが、不意を突かれた二人には十分だった。

 そのまま気を失い、床へ崩れ落ちる。

 ルーンは間髪入れず、新たな魔法陣を展開した。


「縛りなさい…っ!」


 光の帯が二人へ伸び、身体を何重にも拘束する。これで目を覚ましても、すぐには動けない。


「あら」


 シエルは目を瞬かせた。


「お友達に容赦ないのね、貴女」

「加減はしたわ。それに、やる気をだせって言ったのはそっちでしょ」


 ルーンは答え、ゆっくりとフィルのもとへ歩み寄る。


「……大丈夫?」

「あ、ああ…」


 手を差し伸べると、フィルはその手を握って立ち上がった。

 ルーンはそのままシエルを鋭く睨みつける。


「何が"良い提案"よ」


 怒りを押し殺した声。


「貴女の私欲だけで物事を言わないでちょうだい!フィルは貴女のものにはならないわ!」


 一歩前へ出る。

 その言葉に、シエルは少しだけ寂しそうに目を細めた。


「……いいの?なかなかの好条件なのに」


 静かな問い。

 視線は再びフィルへ向く。


「貴方も私を好きだって言ってくれたでしょ?あの言葉は嘘だったの?」


 どこか確かめるような口調に、フィルはゆっくり首を振る。


「……言っただろ。オレの言う"好き"は、君の言う好きとは違うって」


 一度、息を吸う。


「それに、オレは修介たちだけじゃなくて君にも元に戻ってほしいんだ」


 まっすぐシエルを見つめ返す。

 その言葉にシエルの表情が揺れた。


「カフルエルから……あいつから離れれば、君もきっと……!」

「っ!」


 しかし、そう言うとシエルは表情を強張らせる。

 足元へ魔法陣が広がり、次の瞬間、無数の氷刃がルーンたちの足元へ降り注いだ。


「っ!」


 フィルは咄嗟にルーンの腕を掴み、後方へ引く。氷が床へ突き刺さり、激しい音を立てた。


「私はあの人から離れないわ!」


 シエルの叫びが廊下へ響く。


「私はあの人のそばにいると誓ったの!それを引き離そうとする人は、たとえ貴方でも許さない!」


 その瞳には強い決意が宿っていた。

 激しい感情をぶつけたあとシエルは静かに息を吐き、肩から力を抜く。


「…………もういいわ。貴方の気持ちは、もう完全に私ではなくその子に持っていかれてるものね」


 どこか諦めたように呟き、シエルは二人へ背を向けた。


「それに、こんな条件を出さなくてももうすぐこの実験は終わるわ。貴方たち全員の死亡。その結果と共にね」

「どういうこと?」


 ルーンが問い掛ける。

 しかしシエルは意味深に微笑むだけだった。


「ふふっ。どういうことかしらね?」


 彼女の足元へ魔法陣が展開される。


「それじゃあね、フィル。お嬢さん」


 青白い光が彼女の身体を包み込む。次の瞬間、シエルの姿は跡形もなく消えていた。

 静まり返った廊下に残されたのは、彼女が最後に残した言葉だけ。


 全員の死亡。


 その不穏な一言が重く胸へ沈み、フィルとルーンは険しい表情のまま互いの顔を見合わせた。



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