防いでばかりじゃ
「修介!」
甲高い金属音が廊下に響く。
振り下ろされた刀を盾で弾き返し、フィルは目の前の少年へ必死に呼び掛けた。
「修介!しっかりしろ!」
しかし返事はない。
修介は赤く染まった瞳でフィルを見据えたまま、何事もないかのように刀を構え直す。
その無機質な姿に、フィルは苦々しく息を呑んだ。次の瞬間には再び刀が振り下ろされる。
「っ、」
盾で受け止める。
横薙ぎの一閃を身を屈めて避ける。踏み込んできた修介を押し返し距離を取るが、休む間もなく次の斬撃が迫ってきた。
避けて、防ぐ。
避けて、防ぐ。
その繰り返しだった。
「(くそ、どうすれば止められる……っ)」
攻撃すれば傷つけてしまう。
だからといって防戦一方では終わりが見えない。
焦りだけが募っていく。
少し離れた場所では、ルーンがショウコの猛攻をかわし続けていた。
拳を紙一重で避け、後ろへ飛び退き、体をひねる。その動きには迷いがあった。
反撃しようと思えばできるはずなのに、相手がショウコだからか攻撃できない。そのもどかしさが、彼女の動きにはっきりと表れていた。
「っ!」
ガキィンッ!
再び刀と盾が激突する。
腕へ重い衝撃が走る。
もう何度、この刀を受け止めただろう。押し返した拍子に視線が修介の足元へ落ちる。
そこには、黒い花が妖しく咲いていた。ゆらゆらと花弁を揺らしながら、黒い煙を吐き続けている。
「……ちっ」
フィルは小さく舌打ちした。
元凶はあれだ。あれをどうにかすれば修介とショウコは元に戻るのか。試したいが、今は近付くことすらできない。
「逃げてるだけじゃ何も解決しないわよ?」
楽しげな声が響く。
「……ほらほら。攻撃しなきゃ」
その声は、離れた場所から戦いを眺めていたシエルだった。その余裕に満ちた笑みに、ルーンは眉をひそめる。
「炎よ!」
彼女は素早く魔法陣を展開し、炎の魔法を放った。一直線に飛んだ炎はシエルへ迫る。
しかし透明な結界が現れ、触れた瞬間に炎は霧散した。
「あら。私にじゃなくて、お友達にやらないと。見ていてつまらないわ」
シエルは肩をすくめる。
そう言うと、ゆっくり杖を掲げた。
「しょうがないわね……だったら、やる気が出るようにしてあげましょうか」
足元へ魔法陣が広がる。
杖にはめ込まれた宝石が妖しく輝き始めた。
フィルとルーンは修介とショウコの攻撃をかわしながら、その光景を見つめる。
直後、修介が一瞬で間合いを詰めてきた。
「なっ!?」
さっきまでとは比べものにならない速さだった。ルーンの前でもショウコの拳が連続で繰り出される。
攻撃の回数も速度も、一気に増していた。
「くっ……!」
これまでなら避けられたはずの攻撃が、体を掠める。
「!」
修介の刀がフィルの頬を浅く切り裂いた。熱い痛みが走り、一筋の血が流れる。
同時にショウコの拳がルーンの肩を捉え、体が大きく揺らいだ。
「ふふっ。これでどうかしら?」
シエルは満足そうに微笑む。
ルーンは痛みに顔をしかめながら、鋭く彼女を睨みつけた。
「貴女……どういうつもり!?」
「どういうって?」
シエルは首を傾げる。
「こんなことして、一体何を考えてるの!?貴方とカフルエルは……一体ここで何をしようとしているの!」
ルーンの叫びに、シエルは静かに周囲を見回した。
廊下に咲き乱れる黒い花。漂う黒い煙。その景色を眺めながら、小さく呟く。
「そうね……簡単に言えば、実験かしら」
「実験?」
ルーンは眉を寄せる。
その間にもショウコの拳は止まらない。必死に避けながら、ルーンは耳を傾けた。
「あの人はね、この世界で実験をしているの」
シエルは足元の黒い花を一輪摘み上げる。
「呪いを知らない人間たちが呪いに支配されたらどうなるのか。どのように動き、どんな最期を遂げるのか」
摘んだ花を指先で弄びながら、彼女は淡々と続ける。
「……旧世界での実験は面白かったって聞いているわ。最終的には、その結果を用いて世界を滅ぼせたそうよ」
花を積み重ねるように持ち上げ、口元を緩ませる。
「そして今回も、彼は実験を繰り返して少しずつ力を付け、世界樹を殺し、世界を滅ぼそうとしている。ここの生徒たちは、そのための実験体よ」
その言葉に、フィルの表情が強張る。
「なんだよそれ……。そんなことのために修介もショウコも……ルーンも、ここの生徒たちも、みんなおかしくなったっていうのか?」
「貴方たちにとっては"そんなこと"なのでしょうね」
シエルの表情から笑みが消え、冷たい瞳が二人を射抜く。
「……でも、私たちにとってはそんなことじゃない」
一瞬、怒りにも似た感情がその声に滲んだ。
「世界樹はあの人たちを見捨てた。見捨てて、世界の嫌われ者にした。復讐したってかまわないでしょ?」
静かな声が廊下へ響く。
「世界の……嫌われ者……」
その言葉が胸へ突き刺さる。
ルーンの脳裏に、断片的な記憶が浮かんだ。
かつて自分たちダークエルフはシーカと呼ばれた種族だった。
世界樹の恩恵を受けられず、それを恨み、呪いの種を生み出した者たち。
その種は世界を混沌へ陥れ、ついには世界樹さえ滅ぼした。
「……っ」
胸の奥が締め付けられる。
鈍い痛みが走り、ルーンは思わず眉をひそめた。
シエルはそんな彼女を静かに見つめる。
「貴女にならわかるでしょ、お嬢さん?」
その一言に、ルーンは息を呑んだ。
「今、まさに世界に嫌われている種族である貴女なら、あの人の気持ちがわかるはず」
体が固まる。思考が止まる。
その一瞬の隙を、ショウコは見逃さなかった。
「っ!」
拳がルーンの腹部へ深く突き刺さる。
「かはっ!」
衝撃で体が宙へ浮き、そのまま床へ叩きつけられた。
「ルーン!」
フィルは思わず叫び、彼女へ顔を向ける。
「ごほっ……!」
腹部を押さえながら、ルーンは苦しそうに体を起こす。しかし、ショウコの動きは止まらない。
無表情のまま拳を振り上げ、そのまま容赦なくルーンへと振り下ろした。




