行く手を阻む友人たち
図書室を飛び出したフィルとルーンは廊下を駆け抜けていた。
廊下のあちこちには黒い花。花弁はゆっくりと揺れ、その中心からは黒い煙が絶え間なく噴き出している。煙は床を這うように広がり、不気味な気配を廊下全体へと染み渡らせていた。
それを目にしたルーンは、思わず表情を曇らせる。
「これが黒い花……。なんだか不気味ね」
前を走るフィルも視線だけを花へ向け、小さく頷いた。
「そこから噴き出てる煙を浴びたら、突然生徒たちがおかしくなったんだ。さっきのルーンみたいに、瞳を赤くさせて襲い掛かってきた」
「赤い瞳……」
ルーンは小さく呟き、少しだけ考え込むように俯く。
「ねぇ、さっきまでの私はどういう状態だったの?」
「え?」
不意の質問に、フィルの足がわずかに緩む。
「あー……ええと……」
何と説明すればいいのだろう。
頭の中には、先ほどまでのルーンの姿が浮かぶ。
冷静でありながら容赦なく魔法を放ち、自分へ何度も攻撃を仕掛けてきた少女。そして、それだけではない。ここ数日の彼女は、以前よりずっと積極的で、どこか遠慮というものがなくなっていた。
「なんていうか…。色んな意味で好戦的だったというか、積極的だったというか……」
フィルは眉をひそめる。
口にしてみても、どこか違う気がする。もっと適切な言葉があるはずなのに、それがどうしても見つからない。
真剣な顔で頭を悩ませているフィルの様子を見て、ルーンは不思議そうに首を傾げた。
「っ……!」
その時、右手に鋭い痛みが走る。
刻印が熱を帯びるように疼き、フィルは反射的に足を止めた。ルーンも立ち止まり、不安そうに振り返る。
「どうしたの?」
フィルは返事をせず、ゆっくりと前を見据えた。
廊下の先に、人影が二つ。
一人は男子生徒。もう一人は女子生徒。二人とも顔を伏せたまま、静かに立ち尽くしていた。
しかし、その姿を見間違えるはずがない。
「あれは……ショウコと修介?」
ルーンがぽつりと呟く。
二人は何も答えず、ただルーンたちの進む道を塞ぐように立っているだけだった。
その静寂を裂くようにさらに奥から靴音が響き、ゆっくりと、一人の女性が姿を現す。
「!」
フィルとルーンの表情が同時に険しくなる。
修介たちの前へ歩み出たのは、シエルだった。彼女は二人の前へ立つと、穏やかな笑みを浮かべる。
「こんにちは、フィル。お嬢さんも」
その笑顔とは裏腹に漂う威圧感に、フィルは一歩前へ出てルーンを守るように立つ。
それを見て、シエルは小さく肩を揺らして笑った。
「あの人の読みは外れたわね……でも」
視線がルーンの胸元へ向く。
そこでは、ペンダントが淡く光を放っていた。
「戻ったのは一時的みたいね。そのペンダント、中身は何なのかしら?」
問い掛けられても、フィルは何も答えない。ただ盾も構えず、鋭く彼女を見据えていた。
その視線を受けても、シエルは気にした様子もなく肩をすくめる。
「……まぁ、何でもいいけれどね。壊してしまえば同じだし」
そう言って、彼女は杖を高く掲げた。
足元に青白い魔法陣が広がり、冷気が一気に廊下を満たして無数の氷の刃が空中へ現れる。
同時にフィルの右手の刻印が激しく疼き、光が弾け、盾が姿を現した。迷うことなくそれを構える。
「氷よ。行きなさい」
次の瞬間、無数の氷刃が雨のように降り注いだ。
ルーンは魔法陣を展開させ、自分とフィルの体に防御壁を張る。フィルも盾を襲い来る氷刃に合わせた。
ガガガガガッ!と、鋭い衝突音が廊下へ響き渡る。氷は盾に弾かれ、床へ砕け散った。
「あら、防がれちゃった」
残念そうな口調のシエル。だが、その声は楽しそうだった。
『次は手を貸さないからな。自力でやれ』
フィルの頭の中へ低い声が響く。
それだけ告げると、刻印は静かになった。
「…………」
フィルは小さく息を吐く。
助けはもうない。
ここからは、自分自身の力で戦わなければ。
「カッコいい盾ね。貴方にぴったり。うっとりしちゃうわ」
シエルは頬へ手を添え、うっとりと目を細める。
頬を赤らめながら微笑む姿は、まるで本当に見惚れているかのようだ。
「でも、私にばかり気を取られちゃ駄目よ。嬉しいけれどね」
笑みは消えない。
その瞬間、刻印がぶるりと震えた。
「!」
咄嗟にフィルは身体をひねる。
直後、頭上を刀が勢いよく振り下ろされた。避けきれなければ、一撃で斬られていただろう。
ほぼ同時に、ルーンの目の前へ拳も突き出される。彼女も紙一重で身をかわし、大きく後方へ跳んだ。
二人は互いに距離を取り、素早く周囲を見回す。
「ルーン!」
「私は平気よ!」
短く言葉を交わした直後、ルーンは再び迫る拳を身をひねってかわす。攻撃している相手を見て、その表情を曇らせた。
「……っ、ショウコ!やめて!」
拳を振るっていたのはショウコだった。
ショウコは何も答えない。
赤く染まった瞳のまま、感情を失ったような表情で拳を振るい続ける。
「ショウコ!」
叫びにも反応はない。
ただ機械のように攻撃だけを繰り返していた。
一方のフィルも盾を構え直し、目の前の相手を見据える。
「……修介」
フィルの前には修介。
修介は刀を静かに構え、無言のまま立っている。かと思えば、その体が一気に踏み込んだ。
「っ、」
鋭い斬撃がフィルへ襲い掛かる。
盾と刀が激しくぶつかり合い、火花が散った。




