これでいい…はず
視界に少しずつ色が戻ってくる。
灰色だった本棚も散らばった本にも元の色彩が宿り、それと同時にフィルの瞳も白銀から澄んだ蒼色へと戻った。
「……はぁ」
長く息を吐く。
ルーンの胸に添えていた手を静かに離し、その場へ腰を下ろした。
全身から力が抜けていく。
一気に疲労が押し寄せ、このまま床へ倒れ込んでしまいたい衝動に駆られた。
だが、まだ終わってはいない。
「マキノ!」
「あ、はい……!」
フィルが声を張ると、はっと我に返ったマキノが返事をした。
「ペンダント……探してきてくれないか」
「ペンダント?」
一瞬だけ首を傾げたものの、すぐに思い当たったように目を見開く。
フィルがルーンへ渡そうとしていた、あの銀色のロケットペンダント。
「あっ!」
マキノは踵を返し、急いで部屋の中へ駆け戻った。
散乱した家具や本を避けながら、部屋中を見渡していく。
「あった!」
床に落ちていた銀色の輝きを見つけると、それを拾い上げ、すぐさまフィルのもとへ。
「フィルさん!」
差し出されたペンダントを受け取り、フィルは小さく微笑んだ。
「ありがとう」
そして、眠ったままのルーンへ視線を落とし。
「……これで、いいはず」
そう呟きながら、そっとロケットペンダントを彼女の首へとかける。
銀色のそれは胸元で静かに揺れた。
その様子を見つめながら、マキノは不思議そうに首を傾げる。
「フィルさん、それって……」
「うん」
フィルはペンダントを見つめたまま頷く。
「目が覚めてみないとわからないけど……これがあれば、ルーンの中にある花は大人しくなるはずなんだ」
「花?」
「あー……。オレも、まだよくわかってないんだけどね……」
困ったように眉尻を下げる。
エーから聞かされたことを信じるしかない。
それ以上の説明は、フィルにもできなかった。
「きゅう……」
ブルーテイルが心配そうに鳴きながら、ルーンの頬へそっと顔を擦り寄せる。
その小さな仕草に、図書室はようやく静けさを取り戻した。
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それから数十分後。
ルーンの指先がぴくりと動き、ゆっくりと瞼が開いた。
「……ん」
ぼんやりとした視界。
頭の中にも薄い霧がかかったようで、意識はまだはっきりしない。
ゆっくりと体を起こそうとすると、視界の先にフィルの姿が見えた。誰かと話しているらしく、小さな声だけが耳へ届く。
何を話しているのかまでは聞き取れない。
「きゅうっ!」
すぐ近くで元気な鳴き声が響いた。
ルーンはゆっくりと顔を向ける。
横向きになっていた自分の体の上には、ブルーテイルがちょこんと乗っていた。
目覚めたことが嬉しいのか、小さな体をぴょんぴょんと弾ませている。
その鳴き声に気づき、フィルが振り返った。
「!」
目を開けたルーンを見た瞬間、彼は大きく目を見開く。
そんなに驚くことだろうか。
そう言おうとして口を開くも、しかし出てきたのは掠れた咳だけ。
「ルーンちゃん!」
今度は別の声。
フィルの向こうからひょこっと顔を覗かせたのはマキノだった。
その瞳には今にも零れ落ちそうな涙が浮かんでいる。
「……まきの?」
掠れた声で名前を呼ぶ。
フィルに支えられながらゆっくりと体を起こし、辺りを見渡した。
「……ここ、図書室?」
壁には大きな亀裂。
倒れた本棚。散乱した本。
それは見慣れた図書室とは思えないほど無残な光景だった。
「……なんでこんなボロボロなの?」
「……ルーン、覚えてないのか?」
フィルが静かに尋ねる。
「?」
ルーンはきょとんと首を傾げた。
覚えていない。
その言葉の意味がわからない。
考え込もうとした、その時。
「ルーンちゃん!」
「わっ!?」
勢いよくマキノが飛びついてくる。
フィルを跨ぐようにしてルーンへ抱きつき、その体をぎゅっと抱き締めた。
「よかったぁ……!」
震える声が耳元で響く。
ブルーテイルも嬉しそうに鳴きながら二人の周りを飛び跳ねていた。
そんな光景を見つめるルーンは、ただ目を丸くするばかり。
その瞳はもう禍々しい赤ではなく、澄んだ紫色が静かに輝いていた。
「…………」
その色を見届けたフィルは、ようやく胸の奥の緊張を解いて口元を緩ませた。




