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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
3、ダークエルフ
234/263

フィルVSルーン 2





「……え?」


 フィルは思わず声を漏らした。

 目の前に広がる光景に、驚きを隠せない。


「な、何だよ、これ……?」


 世界から色が消えていた。

 床も、本棚も、宙を舞う破れたページも。視線の先に立つルーンも、図書室の隅で戦いを見守るマキノとブルーテイルも。

 何もかもが灰色に染まっている。


「……???」


 目がおかしくなったのかと思い、何度も目を擦る。しかし何度繰り返しても景色は変わらない。

 困惑して立ち尽くすフィルの頭の中へ、刻印の声が響いた。


『安心しろ。それは私の力の影響だ』

「え?」

『今のお前にぴったりの能力だ。ありがたく使え』

「ありがたくって……」


 ぽかんとしながら返す。

 だが、それきり刻印は何も答えなかった。

 説明ぐらいしてほしい。

 そう思っても、あの口ぶりでは教えてくれないだろう。フィルは肩を落として周囲を見渡した。


「……何、その瞳の色。戦闘中にイメチェン?」


 ルーンは怪訝そうに首を傾げる。

 軽口を叩きながらも、その手は止まらない。

 足元に魔法陣が展開され、流れるように詠唱が紡がれていく。次の瞬間、炎の魔法が一直線に放たれた。


 フィルは盾を構える。が。


「……え?」


 ふと、動きを止めた。

 飛来する魔法が、一瞬だけ止まったように見えた。

 本当に止まったわけではない。動きが極端に遅く見えたのだ。反射的に盾で受け止める。

 さらに続けざまに放たれた氷の刃。それもまた、まるで水の中を進んでいるかのようにゆっくりと迫ってきた。


「何だ…?」


 目を丸くしたまま、一歩横へ動く。それだけで氷の刃は空を切り、彼の横をゆっくりと通り過ぎていった。

 あまりにも容易く避けられたことに、フィルは再びぽかんと口を開ける。


 その後も状況は変わらなかった。

 火球も。雷も。風の刃も。

 すべてがスローモーションのように見える。


「……………」


 フィルは盾を下ろした。

 まるで混雑した人混みの隙間を縫って歩くように、ゆっくりと迫る魔法の合間をすり抜けていく。


 一方で、その光景を見ていたルーンも困惑していた。


「……何、それ」


 彼女の目には、フィルの姿はまるで違って映っていた。

 さっきまで押され続けていた少年が、今は放たれる魔法を当然のように避けている。しかも、その動きが速すぎる。


「……………」


 思わず眉をひそめる。

 まるでその動きは最初から本気を出していなかったと言われても納得してしまうほどだった。

 けれど違う。そんなはずはない。

 フィルの実力は理解しているつもりだ。

 それでも、そう疑わずにはいられない変わりようだった。


 避けられる。

 また避けられる。

 どれだけ魔法を放っても届かない。


「っ、」


 焦りと苛立ちが、少しずつルーンの胸に積もっていく。


『おい』


 フィルの頭へ、再び刻印が語りかけた。


『驚愕している暇なんてないぞ』

「……!」


 フィルははっと我に返る。

 そうだ。今なら近づける。

 この力があるなら、ルーンの魔法をかいくぐれる。


「…でも、近づいて…それからどうするんだ?」

『止める役は私に任せろ』


 刻印は迷いなく言った。


『お前は近づき、彼女に触れるだけでいい』


 それだけ。

 フィルは小さく頷いた。

 盾を消し、一歩踏み出す。

 視界には、ゆっくりと流れる魔法だけが映っている。


 火球の横を抜け。氷柱をかわし。

 雷の間をすり抜ける。

 少しずつ。確実に。

 フィルはルーンとの距離を縮めていった。


「!」


 ルーンの瞳が大きく揺れる。

 彼女の見ている景色では、フィルは異常な速度で動いていた。

 一歩踏み出したと思った瞬間には、もう別の場所にいる。

 人間ではあり得ない動き。まるで瞬間移動だった。


「な……!」


 狼狽えたルーンは慌てて新たな魔法陣を展開する。

 詠唱を始めながら、瞬きを一つ。

 その刹那。目の前いっぱいに、フィルの姿が飛び込んできた。


「……っ!」


 息を呑む。

 フィルはそのまま手を伸ばし、ルーンの体を押し倒した。


「きゃあっ!」


 鈍い衝撃音が図書室に響く。

 勢いよく背中を床へ叩きつけられ、ルーンは苦しそうに息を詰まらせた。

 可愛らしく押し倒すなどという生易しいものではない。全力で体当たりを受けたような衝撃だった。

 そのままフィルは彼女に跨り、逃げられないよう押さえ込む。


「ご、ごめんっ!」


 慌てて謝るが、押さえる手に力は込めたまま。

 逃がしてはいけない。

 その想いだけが体を動かしていた。

 ルーンは苦しそうに眉を寄せながら、赤い瞳でフィルを見上げる。


「っ、強引に押し倒すなんて酷いじゃない」


 かすかに笑みを浮かべる。


「……熱烈で。私、そういうの嫌いなんだけど」


 その瞬間、フィルの手とルーンの胸の間に小さな魔法陣が静かに浮かび上がる。

 直後。青白い電流がルーンの全身を駆け巡った。


「っ、……あぁっ!」


 悲鳴が図書室に響く。

 体を大きく震わせ、ルーンは必死にもがいた。


「ルーン!」


 フィルは思わず手を離しかける。


『離すな。まだ終わってない』


 刻印の鋭い声が響く。

 フィルは唇を噛み締め、そのまま彼女を押さえ続けた。

 電流はなおも流れ続ける。

 ルーンの苦しげな声が次第に弱くなり、やがて体の力が抜けていく。


 抵抗は止まり、震えも収まる。

 静寂が戻り、彼女は意識を失った。



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