フィルVSルーン 1
図書室に、再び轟音が響き渡った。
炎が天井を焦がし、暴風が本棚を揺らす。散乱した本のページが激しく舞い、魔力の余波だけで紙片は粉々に裂けていく。
ルーンとフィルの戦いは終わる気配を見せなかった。
火球が飛べば盾が受け止め、雷が走れば身を翻して避ける。反撃すれば防御壁が立ちはだかり、次の瞬間には新たな魔法が放たれる。
攻撃しては防がれ、攻撃しては防がれる。
互いに一歩も譲らぬ拮抗した戦い。その均衡は崩れないまま、二人の動きだけが際限なく鋭さを増していった。
ルーンの胸にあるのは、邪魔なものをすべて消し去りたいという衝動。
フィルの胸にあるのは、大切な人を助けたいという強い願い。
相反する二つの想いが魔力となって激しくぶつかり合い、もはやどちらにも退く道は残されていなかった。
「氷よ!」
ルーンが手をかざした瞬間、幾重もの魔法陣が頭上に浮かび上がる。
無数の氷の刃が雨のように降り注ぎ、フィルは盾を構え、その豪雨のような斬撃を真正面から受け止めた。
「っ!」
甲高い衝突音が響く。
盾に宿る刻印が光を放つと、受け止めた氷の刃はそのまま反転し、一斉にルーンへと襲い返った。
しかしルーンは眉一つ動かさない。透明な防御壁が展開され、飛来した氷は触れた瞬間に砕け散る。
間髪入れず、新たな魔法陣が輝いた。
炎。風。雷。
休む間もなく魔法が押し寄せる。
フィルは盾で受け止め続けた。
「面白いわね、その盾。防ぐだけじゃなくて、返してもくるなんて!」
ルーンは口元をわずかに緩める。
言葉と同時に、巨大な火球が放たれた。
盾で弾けば、その隙を縫うように鋭い氷柱が迫る。
火球と氷柱。
異なる属性を寸分の狂いもなく切り替え続けるその魔法は、並外れた魔力量があるからこそ成り立つ芸当だった。
防ぐ手を止めれば、その瞬間に命取りとなる。
氷柱を受け流したフィルは、小さく息を吐いた。
「(手数が多すぎる……っ!)」
近づく隙がまるでない。
ルーンが魔法に秀でていることは十二分に理解している。
彼女が自分へ敵意を向けて魔法を放ってくる未来など一度たりとも思い描いたことはなく、敵として相対した彼女は想像をはるかに超えて厄介だった。
「っ……」
歯を食いしばる。
防いで、返して。
それだけでは時間だけが過ぎていく。
このままでは駄目だ。
何か突破口を見つけなければ。
『──おい』
その時、頭の奥で刻印の声が響いた。
フィルは迫る雷を横へ飛んで避けながら、その声に耳を傾ける。
『手をあぐねいている暇はないぞ。無理にでも突進して、彼女の動きを止めろ』
言葉を聞き、フィルは眉をひそめる。
「(そんなこと言われても……!)」
絶え間なく飛び交う魔法の中、その答えを探す暇すら与えられないというのにどう突っ切れというのか。
口には出さない。だが刻印は彼の考えを見透かしたように静かに続けた。
『こうしている間にも、彼女の中にある花は成長を続けている。早くしなければ手遅れになるぞ』
"あの女のようにな"
一拍置いて告げる。
その一言が、フィルの胸を鋭く貫いた。
あの女。シエルのことだろう。
胸の奥が締めつけられ、息を呑む。
『いいのか?あの女と同じように、彼女も大切なのだろう。このままでは彼女まで失うことになるぞ』
「そんなことわかってる!」
思わず叫び声が漏れた。
わかっている。そんなことは誰よりも。
このまま放っておけば、ルーンもシエルと同じ道を辿るかもしれない。
助けなければならないのに。それなのに。今の自分にはどうすることもできなかった。
「くそ……っ!」
あの時もそうだった。
迫りくる攻撃を防ぐことしかできなかった。
助けられなかった。
今もまた同じだ。自分はまた大切な人を。好きな人を失ってしまう。
悔しさに顔を歪め、フィルは歯を強く食いしばった。
『……仕方がない』
刻印が静かに告げる。
『お前に、もうひとつ私の力を貸してやろう』
「……え?」
意味を理解するよりも早く、激痛が頭を貫く。
「ぐっ……!」
視界が揺れる。
あまりの痛みに盾を構えていられず、腕が力なく下がった。
その場で動きを止める。
「………?」
突然のフィルの変化に、ルーンも詠唱を止めた。
浮かんでいた魔法陣が音もなく消えていく。
「急にどうしたの?」
怪訝そうに首を傾げる。
フィルは頭を押さえ、苦しげに息を詰まらせた。
「なん……だ……っ!」
足元がぐらりと揺れる。
倒れそうになる体を必死に支えながら、苦痛に唸り声を漏らす。
『なるほど』
刻印はどこか冷静な声音で呟いた。
『ちょっと待て。……もう少しの辛抱だ』
「何……言って……」
痛みはなおも続く。
頭の中で響く刻印の声だけが、やけにはっきりと聞こえていた。
やがて。
苦しげに頭を押さえていた手が、ゆっくりと下ろされる。
肩から力が抜け、体が静かに揺れた。
「…何?」
ルーンは呟く。
フィルは何も答えない。
ただ静かに顔を上げ、そしてゆっくりとその目を開いた。
「…………」
そこに宿っていた蒼色の瞳は消え失せ、代わりに、白銀の光だけが静かに揺らめいていた。




