どうすればいい?
轟音が図書室を揺らした。
火球が次々と炸裂し、暴風が本棚や机の残骸を巻き上げる。
「うわっ……!」
フィルの体が勢いよく吹き飛ばされた。そのまま部屋の外まで弾き飛ばされ、積み重なっていた壊れた本棚へ激突する。
激しい衝撃が全身を駆け巡った。
「っ……!」
息が詰まり、肺から空気が押し出される。鈍い痛みに顔を歪めながらフィルはなんとか体を起こそうとした。
コツコツと静かな足音が廊下に響く。
痛みに耐えながら顔を上げると、ルーンがゆっくりとこちらへ歩いてきていた。赤い瞳は静かに細められ、その表情には微かな笑みが浮かんでいる。
「…ルーン……っ」
右手の刻印がずきりと疼く。
ルーンは倒れたままのフィルを見下ろし、小さく微笑んだ。
「ごめんなさい、フィル。加減ができなかったわ」
その声音は穏やかだった。
一拍置いて、微笑みが少し深くなる。
「……でも、貴方が悪いのよ。私の邪魔をするから」
静かな声が響き、彼女の足元に魔法陣が広がる。淡い光が幾重にも重なり、新たな魔法が編み上げられていく。
次はどんな魔法を放とうか。
そんなことを考えているかのようにルーンは楽しげに呪文を紡ぎ始めた。
フィルは背後の壊れた本棚へ手をつき、ゆっくりと立ち上がる。荒い息を吐きながら、まっすぐルーンを見据えた。
「ルーン……やめろ……!」
掠れた声を絞り出す。
「オレたちは……こんなことしてる場合じゃ……!」
「炎よ!」
言葉を遮るように、ルーンが静かに唱えた。
「っ!」
火球が一直線に飛来する。
フィルはとっさに身をひねり、間一髪でかわす。
しかし、それでは終わらない。
次々と魔法が放たれ、炎が床を焼き、暴風が家具を吹き飛ばし、雷が空気を裂く。
フィルは壊れた本棚や机を飛び越えながら必死に走り続けた。
「ぐあっ!」
だが瓦礫が行く手を阻んで思うように動けず、その一瞬の隙を狙われ、魔法が脇腹へ直撃する。
体が大きく吹き飛び、砕けた机へ激突した。木片が飛び散り、そのまま床へ倒れ込む。
「フィルさん!」
「きゅうっ!」
マキノとブルーテイルの悲鳴が響く。
フィルは何度も咳き込みながら体を起こした。
視線の先には、冷たい瞳でこちらを見つめるルーンがいる。
「くそっ。これ……どうすればいいんだよ……!」
歯を食いしばり、再び立ち上がる。
武器はない。攻撃する術もない。
そもそもルーンと戦いたいわけではない。けれどこのままでは殺される。
今のルーンは自分の命を奪おうとしている。信じたくはないけれど、そう思わずにはいられなかった。
「逃げてるばかりじゃつまらないんだけど。これじゃあ弱い者いじめをしているみたいだわ」
ルーンはくすりと笑う。
そう言いながらも、新たな魔法陣はすでに完成しつつあった。
フィルは足を止める。
何か方法はないのかと考える。
彼女を傷つけずに止める方法はないか。
「……(どうすればいい)」
胸の内で呟く。
「……(どうすればルーンを止められる?)」
考えろ。考えろ。
何かあるはずだ。
だが、いくら考えても答えは見つからず、その間にも魔法は容赦なく飛んでくる。
逃げながら考えるしかなかった。
─その時。
『────』
「……え?」
頭の中へ直接、声が響いた。
フィルは思わず立ち止まる。
右手の刻印が熱を帯び、語りかけてきた。
「……?」
フィルは掌を見る。
刻印が小さく震えていた。
痛みと共に紡がれる言葉に、フィルは眉をひそめる。
『────』
「ルーンを止められるのか?」
問いかける。
刻印は大きく震え、そして眩い光を放った。
光はみるみる膨らんでいき、掌を包み込んでいく。
ぱっと光が弾けると、フィルの手には一枚の盾が握られていた。
「これは……!」
目を見開く。
白銀に輝く盾。その表面には刻印と同じ紋様が刻まれていた。
中央には白い宝石が埋め込まれ、神秘的な光を放っている。
『────』
刻印はなおも語り続ける。
その言葉を聞くにつれ、フィルの表情が少しずつ変わっていった。
「………上手くいくのか?」
不安を滲ませながら尋ねる。
刻印は力強く震えた。
まるで「大丈夫だ」と答えるように。
「……………」
フィルはゆっくりと盾を構え、ルーンへ視線を向ける。
「もう逃げないの?」
ルーンは面白そうに微笑む。
盾を見つめ、くすりと笑った。
「そんな小さな盾でどうするつもり?そんなものじゃ、私に傷一つ付けられないわよ?」
「別に君を傷つけようとは思ってない」
赤い瞳が細められる。
フィルは静かに答えた。
盾を握る手に力を込める。
「オレはこいつで…、君を元の君に戻す」
一歩前へ踏み出す。
その言葉に、ルーンは小さく首を傾げた。
「元に戻す?」
少し考えるような間が流れる。
「……何を言っているのかわからないけど。まぁ、いいわ」
口元に笑みが浮かぶ。
再び足元へ巨大な魔法陣が展開された。
「やる気になってくれたのなら、それで十分よ」
魔力が渦を巻く。
今までとは比べものにならないほど濃密な力が図書室を満たしていく。
「来なさい。私の魔法で、たっぷり痛めつけてあげる」
ルーンは静かに告げた。
呪文が完成し、巨大な魔法が唸りを上げて放たれる。
フィルは盾を固く構え、その光を信じるように握り締めた。




