憎しみと心配
するとそこで、その静寂を破るように勢いよく扉が開く。
「ルーンちゃん!よかった!まだここにいた!」
息を切らしながら飛び込んできたのはマキノだった。
ここまで走り続けてきたのだろう。肩で大きく息をしながら、真っすぐルーンのもとへ駆け寄る。
途中で周囲を見回したマキノは、思わず目を丸くした。
「何ここ……?すごい部屋……」
たくさんの本棚、散乱した本、見たこともない古い資料や物品。図書室の一角にある部屋とは思えない光景に驚きを隠せない。
そんな彼女をよそに、ルーンは本から目を離さず口を開く。
「何か用?」
その一言に、マキノははっと我に返った。
「『何か用?』じゃないよ!今、外では大変なことになってるんだよ!知ってるでしょ!?」
思わず声が大きくなる。
「私……ルーンちゃんのことが心配で、この騒ぎの中、すごく頑張ってここまで来たの!来てみたらこの図書室も大変なことになっててびっくりしたよ。本棚も机もボロボロだったし!」
必死に言葉を重ねるマキノ。
しかしルーンは小さく返すだけ。
「……そう」
「ルーンちゃん、本なんていいから早く逃げよう?……って言っても逃げ場なんてあるかわかんないけど。でも先生が"教室に避難しろ"って叫んでたの!だから私たちも一緒に!」
「……私はいいわ」
しばらく沈黙が流れ、ルーンは静かに答える。
慌てているのはマキノだけ。
ルーンは変わらず本を読み続けていた。
「もう!」
マキノは思わずルーンの腕を掴み、引っ張る。
「……ちょっと」
そこでようやくルーンが彼女を見た。
赤く染まったその瞳を見た瞬間、マキノは息を呑む。
「ね、ルーンちゃん。私と一緒に教室へ行こう?教室なら少しはここより安全だから!」
「…………」
懸命な呼びかけ。
だがルーンは眉をひそめると、掴まれた腕を静かに振り払った。
「私は平気よ。今の今まで問題はなかったのだし、これからも問題ないわ」
「それはルーンちゃんの運がよかっただけだよ!私、ルーンちゃんが誰かに傷つけられるところなんて見たくないよ!」
マキノは叫ぶ。
その言葉に、ルーンの手が止まった。
ページをめくる音が途絶える。
「……よくそんな言葉が出るわね」
「え……?」
ルーンはゆっくりと本を閉じた。
それを床へ捨て、静かに呟く。
向けられた瞳には、冷たい光が宿っていた。
「『私が誰かに傷つけられるところは見たくない』?」
ゆっくりと歩き出す。
「よくそんなことが言えるわね」
一歩。
また一歩。
「今まで私は、貴女たち人間に散々傷つけられてきたのだけれど?」
「ル、ルーンちゃん……?」
その静かな声音に、マキノは思わず後ずさった。
「この大陸へ来てから、私は何度も罵声を浴びせられたわ」
さらに距離が縮まる。
「暴力を振るわれそうにもなったこともあったわね」
マキノの背中が壁にぶつかる。
逃げ場はない。
「あることないこと言われ続けて、私がどんな気持ちだったか。貴女にはわからないでしょう?」
「ルーンちゃん……顔……怖いよ……」
「わかっているわ。貴女たち人間は、世界樹の操り人形ですものね」
ルーンは目を細めた。
その言葉にマキノは固まる。
「ダークエルフ……いいえ、この場合はシーカと呼ぶべきかしら。シーカを嫌うように世界へ刻み込まれ、その通りに動く」
淡々と続ける。
その表情には悲しみとも諦めともつかない色が浮かんでいた。
「もちろん、そうなった原因はこちら側にもある。それは認めるわ」
一瞬だけ視線が揺れる。
「それでも理不尽だと思ってしまうの。私たちは今まで、貴女たちを悪く言ったことなんてないのに」
そっと手が伸びる。
冷たい指先がマキノの頬へ触れた。
その冷たさに、マキノの肩が震える。
「ルーンちゃん……やめて……」
「何をやめるの?私はまだ何もしていないわ」
ルーンは首を傾げた。
静かな声。
「それとも、これから私が何かするとでも思っているの?たとえば……」
次の瞬間、ルーンの手がマキノの首元へ伸びる。力を込めて親指を喉元に押し付けるとマキノの表情が強張り、苦しげに息をのみ込んだ。
「っ、……あ…」
「どう?苦しい?」
ルーンの声はどこまでも静かだった。
マキノは必死にルーンの腕へ手を伸ばす。
「……でも私は、その苦しさ以上のものを貴女たちから受け続けてきた」
ルーンの赤い瞳には怒りだけではなく、長い年月積み重なった悲しみが宿っていた。
「可哀想だと思う?」
問いかけても、返事はない。
マキノは懸命に呼吸を整えようとするばかりだった。
「たす……け……ルーンちゃ……」
かすれた声が漏れる。
「悪いけど、何を言っているのかわからないわ」
ルーンは静かに言う。
マキノの視界は少しずつぼやけ始めていた。
赤い瞳を見つめるうちに、幼い頃の記憶が胸によみがえる。
大切な人を失った日のこと。
あの日の恐怖。
「や……め……おとうさ……」
「……?。何を言ってるの?」
ルーンは小さく首を傾げた。
「やめろ、ルーン!!」
その瞬間、鋭い声が部屋の中に響き渡る。同時に、マキノの目の前が眩い光に包まれた。
白い輝きが二人の間へ割って入り、静まり返っていた図書室を一瞬で染め上げた。




