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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
3、ダークエルフ
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人じゃなければ





 防壁を前に、重苦しい沈黙が流れる。

 その静寂を破るように、エーがふと口を開いた。


「人間じゃなければ通れる……。なら、ターナさんも通れるはずでは?」

「ん?」

「さっき言ってましたよね。『私は最初から人間じゃなかった』って。だったら、ターナさんもこの防壁を通れるんじゃ……」


 ターナは視線だけを向ける。

 もっともな疑問だった。

 しかしターナは防壁へ背中を預け、腕を組むと肩をすくめる。


「まぁ、その理屈で言えば私もこの壁は通れる」


 一拍置いて、苦々しく笑った。


「だが、私は通れないんだよ。事情があってな」


 小さく舌打ちし、息を吐く。


「事情……ですか?」

「悪いが、それ以上は話せない」


 それきり口を閉ざした。

 エーもそれ以上追及することのはやめる。


「……人間じゃなくなればいいんだな」

「は?」


 ぽつりと清龍が呟くと、ターナが怪訝そうに眉をひそめた。

 清龍は何も答えずに一歩前へ出て、足元に青白い魔法陣を展開させる。

 古い言葉で紡がれた呪文が静かに周囲に響き始めると、眩い光が彼の身体を包み込んだ。光は次第に強さを増し、人の輪郭を飲み込んでいく。

 やがて光が消えると、そこに立っていたのは、


「清龍さん……!その姿……!」


 長くしなやかな青い龍だった。

 全身を清らかな水が流れるようにまとい、その鱗は陽光を受けて青く輝いている。

 空中で優雅に身をくねらせると、低く唸り声を響かせた。


 エーは驚きに目を見開く。


「なるべく、この姿にはなりたくなかったんだがな」


 龍となった清龍は静かに答えた。


「緊急事態だ。仕方ない」


 そう言うや否や、迷いなく防壁へ向かって飛び出す。その巨体なら激突は避けられない。

 しかし。防壁に触れた瞬間、その身体は水へ溶け込むようにすっと壁の中へ消えていった。

 透明な壁には水面のような波紋だけが広がり、すぐに静まる。


「はっ。あいつ、あんな芸当まで出来たのか」


 ターナは思わず笑みをこぼし、感心したように腕を組み直した。

 清龍が聖獣の一柱であり、人の姿は仮初めのものだということは知っていた。それでも今の光景は予想以上で、エーは難しい顔のまま荷物袋へ手を伸ばす。

 取り出したのは、小さな透明のビー玉。

 掌に乗せ、じっと見つめた。


「ん?何だ、それは?」


 ターナは首を傾げる。


「これは……ただのビー玉です」

「そんなもん出して何しようってんだ?まさか、それでこの壁をぶち抜くとか?」

「まさか。さすがにこれじゃ壊せませんよ」


 エーは苦笑し、そう言いながらビー玉を大切そうに撫でる。


「……でも、これを使えば私も防壁を通れるんじゃないかって思って」

「何?」


 ターナが目を細める。


「それは、お前もあいつみたいに人間じゃなくなれるってことか?」

「まぁ……はい」


 少し言い淀みながら頷く。


「でも、これだけじゃ駄目なんです」

「なんだ。まだ何か要るのか?」

「はい。これと、もう一つ。鏡が必要なんです」

「鏡?」

「その鏡はヴィーが持ってるんですよ。だから今は使えませんね」


 エーは笑い、眉尻を下げる。

 困ったような表情を見せるも、彼女は軽い口調で「残念だなー」と呟いた。


「俺が何だって?」


 その時、聞き慣れた声が背後から飛んでくる。


「!」


 振り返ると、そこにはヴィーと朱咲が立っていた。


「(……なんてタイミング)」


 心の中でそう呟きながら、エーは複雑な表情を浮かべる。


「……何だ?」


 悲しそうな顔で見つめられ、ヴィーは眉をひそめた。


「はぁ」

「人の顔見て溜め息吐くな。…んで、今はどんな状況?」

「あー、…うん」


 エーは事情を一から説明する。

 一通り聞き終えると、ヴィーは腕を組んだ。

 隣では朱咲が防壁へ触れ、興味深そうに観察している。


「なるほどな。理解した」

「それで、ヴィーはどうしてここに来たの?今、忙しかったんじゃ……」

「そっちが何か大変そうだったからな。さっさと終わらせてきた。そのおかげで朱咲には無理させちまったけど」

「私は平気よ。おかげですっきりしたもの」

「無理させた……?」


 そう答えたあと、朱咲は胸へ手を当てて微笑む。それを聞いたエーはじとりとした視線をヴィーへ向けた。


「安心しろ。お前が考えてるようなことはしてねぇよ」

「!」

「…安心したか?」


 ヴィーはその反応を見て、口元を緩ませる。

 意地悪く笑われ、エーの頬がみるみる赤くなった。


「っ……べ、別に……」


 慌てて視線を逸らす彼女の姿にヴィーは満足し、防壁へ目を向ける。


「…ええと。つまり、この壁を通るには人間じゃなくなるしかねぇって話か」

「ああ」


 ターナが頷く。


「清龍はもう龍になって中へ入った」

「……それで、私もその方法なら通れるかなって」

「へぇ。なら、俺が来たのはちょうど良かったわけだ」


 エーがビー玉を握りしめるのを見て、ヴィーは懐へ手を入れる。

 取り出したのは、小さな手鏡。

 それをエーへ差し出すと、受け取った彼女は眉尻を下げて笑みを浮かべた。


「ありがとう……」


 その方法を使うのは彼女にとってはあまり良くないものらしい。ヴィーはそれをよく知っていた。

 頭に手を置いて、ポンと軽く叩くとエーは彼を見つめる。


「それじゃ、私はここで留守番か。歯痒いな」

「内側から防壁を壊せるようなら、すぐにそうします」


 そして、エーは真剣な表情で答えた。


「私も行くわ。この場所には、いつもお世話になっているもの」


 朱咲が一歩前へ出る。

 エーは静かに頷いた。

 二人は防壁の前へ並び立つ。

 エーは鏡を地面へ置き、その前にビー玉をそっと置いた。足元に魔法陣を展開させる。

 朱咲の足元にも、別の魔法陣が淡く輝いた。


 二人はそれぞれ呪文を唱える。

 光が彼女たちの体を優しく包み込み、その輪郭を少しずつ塗り替えていった。


 眩い光が辺りを満たしてやがて静かにそれが消えた時、そこに立っていたのは人ではなく、綺麗な赤い羽根を持つ鳥と白くて丸い小さな生き物だった。



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