人ならざる者
学び舎の外ではエーたちが防壁の前で足止めを食らっていた。
透明な防壁は正門を完全に塞ぎ、その上空には学び舎全体を包み込むように巨大な結界が張り巡らされている。どこにも突破口は見当たらない。
「くそっ!」
ターナは拳を振り上げ、透明な壁を思い切り叩きつけた。ドンッ、と鈍い音が響く。
「ったく、どうなってんだ!!」
苛立ちを隠そうともせず、何度も拳を打ちつける。乾いた音だけが辺りへ響き、防壁は何事もないかのようにそこに在り続けた。
「おい!この防壁、何とか出来ないのか!?ぶち破る以外で!!」
「ちょっと待ってください。今考えてますので……」
エーは顎へ手を添え、眉を寄せながら防壁を見つめる。
魔力の流れを探ろうとしても、その構造はあまりにも複雑で、糸口すら掴めなかった。
隣では清龍も静かに防壁へ手を当て、鋭い眼差しを向けている。その向こうにある学び舎は、不気味なほど静まり返っていた。
いつもなら聞こえてくる生徒たちの笑い声も足音もなく、風の音だけが虚しく流れていく。
「…………」
胸の奥が鈍く痛む。
清龍は小さく舌打ちをした。
中には桃華も依千蔵もいるはずだ。それなのに、二人の気配をまるで感じ取れない。
「(焦っているせいで感覚が鈍っているだけか……?)」
そう自分に言い聞かせようとするが、しかし心のどこかで別の可能性が浮かぶ。
「(それとも……この中では、もう何かが起きているのか)」
嫌な予感だけが、静かに膨らんでいく。
その沈黙を破るように、エーがおずおずと口を開いた。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「何だ?」
苛立ち混じりの声でターナが振り返る。
「……シオンくんは、どうしてこの防壁を通れたんですか?普通に入っていきましたよね?」
その言葉で、先ほどの光景が脳裏によみがえる。
防壁に行く手を阻まれ、誰も中へ入れず立ち尽くしていたあの時。シオンだけは悩む彼女たちを横目に、何事もないように歩き出した。
そして、そのまま自然な足取りでまるで目の前に防壁など存在していないかのように学び舎の中へ消えていったのだ。
防壁が彼だけを意図的に通したとは思えない。
ならば、なぜ。
エーの疑問に、ターナは小さく息を吐く。
「ああ……。あいつには、この手の魔法は効かないからな」
「え?」
エーは目を瞬かせる。
ターナは防壁へ視線を戻したまま続けた。
「この防壁は、特定の人間以外の"人間"を通さない。上の結界も同じ仕組みだ」
そこで一度言葉を切る。
「だが、あいつはその条件に当てはまらない」
「……どういうことだ?」
エーが問い返すより早く、清龍が低い声で尋ねた。
ターナはゆっくりと答える。
「あいつの体は、ただの器だ。本体は魂。つまり、人間じゃない」
その一言に、空気が張り詰めた。
エーは息を呑み、清龍も目を細める。
「人間じゃない?」
「私とシオンは、お前たちが生まれる遥か昔からここにいる」
ターナは静かに語り始めた。
「私は最初から人間じゃないから問題はなかった。だが、あいつは違う」
風が彼女の髪を揺らす。
「あいつは何度も何度も生を繰り返しながら今日まで生き続けてきた。たった一人の、かけがえのない友人のためにな。もちろん、最初の人生ではシオンは普通に死んだ。まだ普通の人間だったからな」
その声には重みがあった。
エーも清龍も黙って耳を傾ける。
「だがそこで世界樹があいつの願いを聞き入れ、あいつの魂だけを外へ取り出した。そして新しい器となる体へそれを移した」
淡々とした口調で、信じ難い事実が紡がれていく。
「その後も、器となる体が老いて朽ちればまた別の器へ。さらにその器も朽ちればまた次へ。それを奴はこの時までずっと繰り返してきたんだ」
ターナは防壁へ手を添える。
「だから、とっくの昔に魂だけの存在になったあいつには、こういった"人間を対象とした魔法"は意味をなさない」
静寂が訪れる。
だからこそ、シオンだけは防壁を通り抜けられた。
その事実に誰も口を挟むことは出来なかった。
「…………」
清龍は腕を組み、顎へ手を当てる。
魂だけの存在。魂間人。そう呼ばれる者たちがいるという話は聞いたことがあった。
古い伝承の中で語られる、幻の存在。
だが、その正体を記した文献は一冊として存在しなかった。
「(まさか……あいつがそうだったとはな)」
視線を防壁の向こうへ向ける。
静まり返った学び舎は、なおも何一つ答えを返さなかった。




