秘密へ
図書室。
その奥にある、普段は固く閉ざされた鍵付きの部屋。ルーンはその扉の前に立っていた。右手には修介から奪い取った一本の鍵。
図書室には人の気配はなく、物音ひとつ聞こえなかった。
今なら入れる。誰にも見つからない。
「(……でも)」
鍵を握る手に力が入る。
そこで理性が彼女を引き止めた。
本当に、この部屋へ入ってしまっていいのだろうか。許可なく立ち入れば、規則違反になるのは間違いない。
中へ入る瞬間でも。部屋を調べている最中でも。もし誰かに見られたら、停学。あるいは、それ以上の処分を受けるかもしれない。
最悪の場合、図書室への出入りすら禁止される可能性もある。
「…………」
そこまで考え、ルーンは眉を寄せた。
本を借りられなくなるのは嫌だった。まだ読みたい本が山ほどある。
司書の女性に勧められた本も、ようやく半分まで読み終えたばかりだ。あの続きを読めなくなるなんて、考えたくもない。
入るべきか。
それとも諦めるべきか。
迷いが胸の中を行き来する。
「……何を迷っている?」
不意に低く重い声が響いた。
ルーンははっと顔を上げる。
すぐ隣にはカフルエルが立っていた。
彼はルーンを見ることなく、閉ざされた扉だけを見つめている。
「迷う必要はないだろう」
静かな声が続く。
「……この中には、貴様の知りたいことが山ほど詰まっている」
ルーンは彼を見つめた。
「……貴方は知っているの?」
「何をだ」
「ここに何があるか」
カフルエルは少しだけ目を細める。
「すべてではないがな」
短く答えた。
ルーンは再び手元の鍵へ視線を落とす。しばらく黙り込んだあと、小さく息を吸う。
そして意を決したように鍵を鍵穴へ差し込んだ。
カチリ。
静まり返った空間に解錠音が響く。
ゆっくりと扉を押す。
キィ……。と、軋んだ音を立てながら扉が開く。
静かに中へ足を踏み入れると、そこには数え切れないほどの本棚が並んでいた。
壁際には様々な品が置かれた棚。部屋の奥には机があり、その上にも見慣れない物がいくつも並べられている。
「……」
思わず息を呑む。
窓はあるものの、厚いカーテンが閉じられているため室内は薄暗い。それでも中の様子は十分見える明るさだった。
「…………」
ルーンはゆっくりと棚を見渡す。
見たこともない道具。古びた装飾品。名前も分からない品々。
やがて視線を本棚へ移し、一冊の本を手に取った。ページを開き、静かに読み始める。
その間にカフルエルも部屋へ入り、棚へ歩み寄った。
「ここに置いてある物はすべてダークエルフに関係するものだ」
棚を眺めながら呟く。
「よく見ておくといい」
そう言って、一番手前に置かれていた水晶玉を手に取った。
透明だったはずの水晶には大きな亀裂が走っている。その内部では黒い炎が静かに揺れていた。
ルーンは本に集中する。
ページをめくり、読み終え、次の本を手に取る。
一冊。二冊。三冊。読み終えた本は足元へ無造作に積み重ねられていった。
カフルエルはその様子を横目で見つめ、わずかに目を細める。
その瞬間、
ガキィンッ!
鋭い金属音が部屋中へ響き渡った。
カフルエルの周囲に淡い光の結界が展開される。その結界へ、一振りの剣が叩きつけられていた。
「…………」
カフルエルはゆっくりと振り返る。その先に立っていたのはシオンだった。
「気配を殺して近づいてきたか」
淡々とした声。
「だが、甘かったようだな」
カフルエルは片手を軽く掲げる。
魔力が収束し、次の瞬間。暴風が室内を駆け抜けた。
「っ!」
シオンの体が大きく吹き飛ばされる。
背後の本棚へ激突し、本棚は音を立てて倒れ、大量の本が宙を舞った。
そのまま図書室の隅まで叩きつけられる。壁が鈍い音を立ててへこみ、埃が舞い上がった。
「……っ」
シオンは苦しそうに息を吐き、その場へ片膝をつく。
カフルエルは背後で本を読むルーンを一瞥すると、静かに部屋の外へ歩き出した。そしてシオンの前まで進み、足を止める。
「しかし、何故貴様はここへ来られた?」
冷たい視線を向ける。
「……学び舎の門はすでに防壁で閉ざされ、空には結界が張られている。何人たりとも入れないはずだ」
「…………」
シオンは何も答えない。
ただ落ちた剣へ手を伸ばす。
カフルエルはその様子を見つめ、やがて何かに気付いたように目を細めた。
「……そうか。そういうことか」
小さく呟き、わずかに口元が動く。
「その気配……貴様も、この世界の人間ではないみたいだな」
「…………」
それでもシオンは沈黙を貫いた。
床に落ちた剣を握り締める。
ゆっくりと立ち上がり、鋭い眼差しをカフルエルへ向けた。




