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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
3、ダークエルフ
223/269

秘密へ





 図書室。


 その奥にある、普段は固く閉ざされた鍵付きの部屋。ルーンはその扉の前に立っていた。右手には修介から奪い取った一本の鍵。

 図書室には人の気配はなく、物音ひとつ聞こえなかった。

 今なら入れる。誰にも見つからない。


「(……でも)」


 鍵を握る手に力が入る。

 そこで理性が彼女を引き止めた。

 本当に、この部屋へ入ってしまっていいのだろうか。許可なく立ち入れば、規則違反になるのは間違いない。

 中へ入る瞬間でも。部屋を調べている最中でも。もし誰かに見られたら、停学。あるいは、それ以上の処分を受けるかもしれない。

 最悪の場合、図書室への出入りすら禁止される可能性もある。


「…………」


 そこまで考え、ルーンは眉を寄せた。

 本を借りられなくなるのは嫌だった。まだ読みたい本が山ほどある。

 司書の女性に勧められた本も、ようやく半分まで読み終えたばかりだ。あの続きを読めなくなるなんて、考えたくもない。


 入るべきか。

 それとも諦めるべきか。

 迷いが胸の中を行き来する。


「……何を迷っている?」


 不意に低く重い声が響いた。

 ルーンははっと顔を上げる。

 すぐ隣にはカフルエルが立っていた。

 彼はルーンを見ることなく、閉ざされた扉だけを見つめている。


「迷う必要はないだろう」


 静かな声が続く。


「……この中には、貴様の知りたいことが山ほど詰まっている」


 ルーンは彼を見つめた。


「……貴方は知っているの?」

「何をだ」

「ここに何があるか」


 カフルエルは少しだけ目を細める。


「すべてではないがな」


 短く答えた。

 ルーンは再び手元の鍵へ視線を落とす。しばらく黙り込んだあと、小さく息を吸う。

 そして意を決したように鍵を鍵穴へ差し込んだ。


 カチリ。

 静まり返った空間に解錠音が響く。


 ゆっくりと扉を押す。

 キィ……。と、軋んだ音を立てながら扉が開く。

 静かに中へ足を踏み入れると、そこには数え切れないほどの本棚が並んでいた。

 壁際には様々な品が置かれた棚。部屋の奥には机があり、その上にも見慣れない物がいくつも並べられている。


「……」


 思わず息を呑む。

 窓はあるものの、厚いカーテンが閉じられているため室内は薄暗い。それでも中の様子は十分見える明るさだった。


「…………」


 ルーンはゆっくりと棚を見渡す。

 見たこともない道具。古びた装飾品。名前も分からない品々。

 やがて視線を本棚へ移し、一冊の本を手に取った。ページを開き、静かに読み始める。

 その間にカフルエルも部屋へ入り、棚へ歩み寄った。


「ここに置いてある物はすべてダークエルフに関係するものだ」


 棚を眺めながら呟く。


「よく見ておくといい」


 そう言って、一番手前に置かれていた水晶玉を手に取った。

 透明だったはずの水晶には大きな亀裂が走っている。その内部では黒い炎が静かに揺れていた。


 ルーンは本に集中する。

 ページをめくり、読み終え、次の本を手に取る。

 一冊。二冊。三冊。読み終えた本は足元へ無造作に積み重ねられていった。

 カフルエルはその様子を横目で見つめ、わずかに目を細める。


 その瞬間、


 ガキィンッ!


 鋭い金属音が部屋中へ響き渡った。

 カフルエルの周囲に淡い光の結界が展開される。その結界へ、一振りの剣が叩きつけられていた。


「…………」


 カフルエルはゆっくりと振り返る。その先に立っていたのはシオンだった。


「気配を殺して近づいてきたか」


 淡々とした声。


「だが、甘かったようだな」


 カフルエルは片手を軽く掲げる。

 魔力が収束し、次の瞬間。暴風が室内を駆け抜けた。


「っ!」


 シオンの体が大きく吹き飛ばされる。

 背後の本棚へ激突し、本棚は音を立てて倒れ、大量の本が宙を舞った。

 そのまま図書室の隅まで叩きつけられる。壁が鈍い音を立ててへこみ、埃が舞い上がった。


「……っ」


 シオンは苦しそうに息を吐き、その場へ片膝をつく。

 カフルエルは背後で本を読むルーンを一瞥すると、静かに部屋の外へ歩き出した。そしてシオンの前まで進み、足を止める。


「しかし、何故貴様はここへ来られた?」


 冷たい視線を向ける。


「……学び舎の門はすでに防壁で閉ざされ、空には結界が張られている。何人たりとも入れないはずだ」

「…………」


 シオンは何も答えない。

 ただ落ちた剣へ手を伸ばす。

 カフルエルはその様子を見つめ、やがて何かに気付いたように目を細めた。


「……そうか。そういうことか」


 小さく呟き、わずかに口元が動く。


「その気配……貴様も、この世界の人間ではないみたいだな」

「…………」


 それでもシオンは沈黙を貫いた。

 床に落ちた剣を握り締める。

 ゆっくりと立ち上がり、鋭い眼差しをカフルエルへ向けた。



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