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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
3、ダークエルフ
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異変前の朝




 翌朝。


 目を覚ましたフィルは、いつもより少し早く制服へ着替えると、そのまま客間へ向かう。障子を開けて中に入ると、そこにはすでに皆が集まっていた。

 しかし普段の賑やかな朝とはまるで違い、シオンもターナも、皆もそれぞれ神妙な面持ちで席についている。

 食卓には朝食が並んでいるというのに、まるで作戦会議でも始まりそうな空気だった。フィルは黙って自分の席へ腰を下ろす。周囲を見渡してみるが、そこにルーンの姿はない。

 目の前に置かれた茶碗を手に取り、箸を伸ばしながら彼は口を開いた。


「………ルーンは?」

「朝一番に出てった」


 聞くと、依千蔵が味噌汁を啜りながら答える。


「制服は着てかなかったからすぐに帰ってくるだろうよ」

「そっか……」


 それ以上言葉は続かなかった。

 カチャカチャ、と食器の触れ合う音だけが客間に響く。


 今日はシエルが言っていた『一週間後』の日。誰もがそれを意識しているのは明白だった。

 緊張するのも当然。だが、これではせっかくの朝食の味もよく分からない。


「…………」


 フィルは箸を動かしながら、昨日のルーンの姿を思い出す。

 赤く染まった瞳。笑った顔。

 いつもの彼女とはまるで別人だった。


「…………」


 向かいに座るシオンと、テーブルの端にいるターナへ視線を移す。二人も同じ赤い瞳を持っている。だが彼らの瞳には嫌な感じはない。

 それなのに昨日のルーンのあの瞳は背筋を冷たい指でなぞられるような、不吉な感覚があった。


「(……ルーン)」


 フィルは自分の右手を見つめる。

 シエルと同じ、冷たく赤い瞳。

 二年前。久しぶりに彼女と再会した時に感じた胸の痛みが蘇った。

 刻印が反応し、嫌でも分かってしまう。


「………っ」


 唇を噛み締める。

 自分はまた大切な人を失うのではないか。

 そんな恐怖が胸の奥で少しずつ膨らんでいった。


 ガラッ!


 その時、玄関の引き戸が勢いよく開かれる音が響く。続いて慌ただしい足音。


 そして、


「お邪魔します!」


 という大きな声が客間まで飛び込んできて、数秒後、誰かが姿を現した。エーだ。

 ここまで全力で走ってきたのだろう。彼女は肩で大きく息をしながらそこに立っている。


「…って、お食事中だった?」

「エーか。どうした、こんな朝から」


 ターナが焼き魚を頬張りながら尋ねる。

 エーは返事をする前に客間を見渡した。何かを探すように視線を巡らせる。


「……ルーンちゃんは?」

「あいつなら出掛けてますよ」


 依千蔵が答えた。


「すぐに帰ってくるかと思いますが」

「出掛けた!?」


 その言葉を聞いた瞬間、エーの顔色が変わる。

 目を見開き、思わず声を上げた。


「ちょっと!何で引き止めないの!?」

「は?」


 依千蔵が眉をひそめる。

 エーはすぐに我に返り、頭を抱えながら深く息を吐いた。


「あっ、ごめん。……はぁ。落ち着け、私」


 何度か深呼吸を繰り返し、自分を落ち着かせる。その様子を見ていたフィルたちは首を傾げた。

 しばらくして気持ちを整理したエーは小さく頷く。


「よしっ」


 改めて顔を上げ、シオンの方に顔を向けた。


「とりあえず、まずは……シオンくん」

「?」

「それとフィルくんと……ブルーちゃんもこっちに」

「え?」


 呼ばれた二人は箸を置いて立ち上がる。

 ホワイトの隣にいたブルーテイルも、ちょこちょこと小さな足で歩き出した。フィルの肩へ飛び乗り、小さく鳴き声をあげる。

 全員が近づいてきたのを確認すると、エーは真剣な表情になった。


「何かわかったか?」


 腕を組んだシオンが尋ねる。

 エーは無言で頷き、腰に下げた荷物袋へ手を伸ばす。

 取り出したのは掌に収まるほどの透明な箱。数日前、シオンから預かったものだ。

 箱の中には種が一つ。


 それと――


「……?」


 フィルは目を瞬かせる。

 種の隣で、小さな黒い人型の何かが飛び跳ねていた。

 それはシオンたちに気付くと、両腕を目いっぱい広げて元気よく跳ねる。


「………何これ?」


 フィルが率直な感想を漏らす。

 エーは少しだけ笑い、箱の蓋を魔法で開くと中の存在をそっと掌へ乗せた。


「この子はクロコ。私の頼もしい相棒の一人だよ」


 優しく紹介すると、クロコは掌の上でもぴょんぴょん跳ね続ける。

 まるで自分を見てほしいと言わんばかりだ。だが勢い余って足をもつれさせ、小さな音を立てて尻もちをつく。


「きゅう?」


 フィルの肩からブルーテイルが身を乗り出す。

 じっと見つめられたクロコは慌てて起き上がり、両手で顔と思われる場所を覆った。

 どうやら転んだところを見られて恥ずかしかったらしい。


「……ふふ」


 エーの口元が緩む。


「………」


 フィルは、サクヤに預けている精霊のことを思い出す。目の前にいるクロコと同じく白くて小さな人型の不思議な生き物。


 そっと指を伸ばして触れてみる。クロコはくすぐったそうに身をよじった。この黒いのも精霊のような存在なのだろうか。

 そんなことを考えていると、エーが表情を引き締める。


「この子と一緒に、シオンくんに頼まれていたことを調べたの」


 三人の間で空気が変わる。

 シオンもフィルも口を開かず、エーは息を吸い込んだ。


「そしたら……」


 言葉を途切れさせ、再び深呼吸をする。そして覚悟を決めたように彼女は続けた。


「……やっぱり、ルーンちゃんの体内には"花"の存在があったわ」


 静かな声。

 シオンの眉が険しくひそめられる。


「……確定か」

「ええ」


 エーはゆっくりと頷く。

 掌の上のクロコも先程までの陽気さを消して、箱の中の種をじっと見つめた。



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