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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
3、ダークエルフ
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しつこい人





 昼食を終えた後の学び舎は、どこか気だるい空気に包まれていた。


 広場のベンチに腰掛けたルーンは、膝の上に開いた本へ静かに視線を落としている。木々の葉を揺らした風がページを撫で、彼女は指先でそれを押さえながら文字を追っていた。


「なぁ、ルーン。図書室の秘密の部屋、入りたくないか?」


 そんな穏やかな時間は不意に終わりを迎え、聞き慣れた声にルーンはページをめくる手を止める。

 顔を上げると、いつの間にか現れた修介が隣にどかりと座り、ルーンは小さく眉をひそめた。


「………」


 体育の授業でペアを組んだあの日以来、修介は何かと彼女に話しかけてくるようになっていた。最初こそはっきり断っていたものの、最近では相手をすることすら面倒になりほとんど無視している。

 だがそれでも彼は諦めず、こうして毎日のように現れては話しかけてきてアプローチを続けてきていた。


 その執念深さにはある意味感心するが、いい加減にしてほしいというのがルーンの本音だった。


「秘密の部屋って、あの鍵の掛かった部屋のこと?」

「そうそう。俺、あの部屋の合鍵持ってるんだよね」


 そう言うと修介は制服の内ポケットへ手を入れ、鍵束を取り出す。じゃらり、と金属音が鳴った。

 いくつもの鍵が取り付けられたキーホルダーを見て、ルーンはさらに眉を寄せる。


「合鍵って……。確かあそこには司書と教師以外入れないんじゃなかった?」

「普段はな。でも、一部の生徒は入れちゃうんだなこれが。司書姉さんの目を盗んで無断で合鍵を作っちゃった奴なら」


 修介は得意げに口元を緩める。

 その言葉を聞いた瞬間、ルーンの視線が冷えた。彼女は素早く手を伸ばし、修介の持っていた鍵束を奪い取る。


「あっ」

「こんなの作ってどうするつもり?」

「どうするも何も。あの部屋に入りたいんだろ?協力してやろうと思って」

「余計なお世話よ。今すぐこの鍵は破棄して」

「嫌だ」


 修介は苦笑しながら鍵束を取り返そうと手を伸ばした。しかしルーンはそれをひらりとかわし、そのままキーホルダーから鍵を一つずつ外し始める。


「あの部屋の鍵はどれ?」

「おい、乱暴に扱うなよ。その中には家の鍵もあるんだから」

「どれ?」


 有無を言わせない声音だった。

 修介は諦めたように肩を落とす。


「……右から二番目」


 ルーンは掌の上の鍵を見比べ、指定された一本を取り上げた。残りはそのまま修介へ返す。

 彼が鍵を受け取るのを確認すると、ルーンは取り上げた鍵を胸ポケットへしまった。


「この鍵はもらっておくわ。代わりに処分しておく」


 そう告げると、彼女は何事もなかったように本へ視線を戻す。ページをめくる音だけが静かに響く。

 修介はキーホルダーへ鍵を付け直しながら、横顔を見つめた。


「そんなこと言って、自分で使うつもりだろ」

「そんなことしないわ。私は貴方みたいに“悪い人”じゃないもの」


 ルーンは本から目を離さない。

 一瞬の沈黙。修介は小さく笑った。


「……ははっ。やっぱりいいなぁ、君は」


 頬杖をつきながら向けられる視線に、ルーンはうんざりしたように息を吐く。


「それより、いい加減私に付きまとうのはやめてくれないかしら」

「どうして?」

「言ったでしょ。私は貴方の気持ちには答えないって。しつこい人は嫌われるわよ。既に嫌っているけど」

「言っただろ。俺は諦めないって」


 ぱたり、と本を閉じてルーンは真っ直ぐ修介を見る。しかし修介は少しも堪えた様子を見せず、彼は自然な仕草でルーンの手を取った。その動きがあまりにも突然で、彼女は反応が遅れる。


「君が振り向いてくれるまで、俺は積極的に君に付きまとって、こうやってアプローチを続けていくつもりだよ」


 そして、修介は彼女の指先へ軽く口付けた。その瞬間、ルーンの背筋を冷たいものが駆け抜ける。

 胸がどくりと大きく脈打ち、彼女は反射的に手を引き抜いた。


「やめて。気持ち悪いわ」


 声が低くなる。

 修介は苦笑して肩をすくめた。


「そんな顔すんなよ。傷つくだろ」


 その時、広場の向こうから修介を呼ぶ声が聞こえてくる。顔を向けると友人たちが手を振りながらこちらを見ていた。


「ほら、呼んでいるわよ。さっさと行って」

「……」


 ルーンは視線を本へ戻す。

 修介は少しだけ名残惜しそうに彼女を見たが、やがて立ち上がり、遠くで待つ友人たちへ手を挙げた。


「仕方ない。もったいないけど、その鍵はルーンに渡すよ」


 歩き出しながら振り返りもせず言う。


「溶かすなり壊すなり、お好きにどうぞ」


 そして、ひらひらと手を振り、そのまま去っていった。ルーンは無言でその背中を見送る。

 姿が人混みに紛れて見えなくなり、そこでようやく彼女は深く息を吐いた。


「…………」


 本当に気持ち悪い。

 胸の奥に広がる嫌悪感は消えない。

 ルーンはそっと自分の指先を見つめた。先ほど修介が口付けた場所。指先に触れてみても、何かが残っているわけではない。

 それでも不快感だけは確かにそこにあった。


 やがて昼休みの終わりを告げるベルが校内へ響き渡る。

 生徒たちが次々と教室へ戻っていく中、ルーンはしばらくその場から動かなかった。



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