黒い花
「これ、どこで?」
透明な箱を手に取り、エーはその中に閉じ込められた花をまじまじと見つめた。花弁は闇を凝縮したような黒色をしていて、風など吹いていないはずなのに時折ゆらりと揺れる。
シオンは花を見つけた経緯を簡潔に説明した。話を聞き終えたエーは眉をひそめ、顎に手を添える。
「まさか……どうして」
ぽつりと呟く。
そして少し考え込むように目を伏せた。
「でも、彼ならあり得ないことでもないのか」
独り言のような声。
シオンは言葉を続ける。
「この花は、まだ村の至るところにありそうだとターナさんは言っていた。だから、探すのを手伝ってほしい」
黒い花についての知識は自分よりもエーの方が遥かに深い。昨夜、ターナと相談し、彼女たちにも協力を仰ぐべきだという結論に至ったのだ。
エーは箱の中の花を見つめたまま静かに頷く。
「そうね。でもその前に、とりあえずこの花……もとに戻すわね」
彼女は掌の上に箱を乗せる。
その言葉とともに、小さな魔法陣が箱を囲むように展開された。淡い光を放つ円環がゆっくりと回転する。
ブルーテイルはシオンの膝の上で身を縮こまらせながら、その様子を見守った。やがて魔法陣から白い羽根が舞い始める。
ふわり、ふわりと羽根は箱を包み込み、光は次第に強くなっていった。部屋全体が白く染まる。
ブルーテイルが恐る恐る顔を上げた、その瞬間。パンッ。と、光が弾けるように消えた。
「きゅうっ!?」
思わずブルーテイルは声を上げた。
箱の中にあったはずの花は消え、代わりに残されていたのは小さな種がひとつ。ころりと転がるそれを見て、ブルーテイルは目を丸くした。
「きゅう…?」
先ほどまで漂っていた不気味な気配も消え、エーはほっと息を吐く。
「これでもう大丈夫。種に戻ってしまえば脅威ではなくなるわ」
安心させるように言い、そう言いながら魔法で箱の蓋を開いて中の種を取り出す。種はカタカタと小刻みに震えていた。
「……花は、これ以外にも村の至るところにあるって言ってたわね」
「ああ」
シオンは短く頷く。
「協力してくれるか?」
「当たり前よ」
エーは即答した。
「この世界にこんなの持ち込ませちゃ駄目!」
強い口調。
だが次の言葉は少し震えていた。
「そんなことになったら、また……っ」
視線が種へ向く。
その表情には不安と苦しさが滲んでいた。
ブルーテイルはそっとシオンの膝から飛び降り、エーの膝の上へ移動する。
「きゅう」
小さく鳴く。
"元気を出して"と言われているようで、エーは一瞬目を瞬かせた後柔らかく微笑んだ。
「ありがとう」
「きゅう!」
頭を撫でられ、ブルーテイルは嬉しそうに尻尾を揺らす。
エーは種を箱へ戻し、ポケットへしまった。
「それじゃあ、このことはヴィーにも話しておくわ。でも、彼は今忙しくて……協力してくれるかはわからないけど」
「かまわない。……それと、もうひとつ調べてほしいことがある」
「ん?」
+
それからもエーとの会話はしばらく続き、やがて全てを話し終えるとシオンとブルーテイルは彼女に別れを告げて宿屋を後にする。
その後も彼らは村の中を歩き、商店通りを抜け、小道を進み、川辺を眺めた。そして夕方。空が茜色に染まり始めた頃、二人は家へ帰ってくる。
門扉の前まで来たところで、ちょうど学び舎から戻ってきたルーンとフィル、桃華と鉢合わせた。
「きゅうっ!」
ブルーテイルは嬉しそうに鳴くと、一目散にルーンのもとへ駆け寄る。勢いよく胸へ飛び込むと、ルーンは慣れた様子で受け止めて優しく抱きしめた。
「ただいま」
「きゅう!」
元気な返事が返ってくる。
その様子を見ながらシオンも近づき、口を開いた。
「今日は早いんだな」
「ああ。今日は試着だけだったから」
フィルが答える。
ルーンとフィルが現在学び舎で行っていることについては、シオンたちも聞いていた。
"試着"という言葉に、桃華は首を傾げる。
「試着ってことは、ルーンさん、あのドレス着たの?」
「……ええ」
「いいなぁ。あのドレス、すっごい綺麗だったよね?準備室で偶然見つけてさ。羨ましい!」
「だったら代わりに着てもいいわよ」
桃華の言葉にルーンはさらりと提案した。
「え、それは駄目だよ。だってあのドレスってルーンさんの体型に合わせて作ってるんでしょ?……もし着れたとしてもキツイよ、絶対」
しかし桃華は自分とルーンを見比べて苦笑し、即座に首を横に振る。その言葉にはフィルも頷いた。
「それはマキノたちに怒られるって」
「まだ完成していないのだし、今からモデル変更しても問題ないでしょ」
「いや、問題あるよ。そんなことしたらマキノが泣くぞ……」
フィルが呆れたように返すと、ルーンは不満そうに眉をひそめる。
楽しげな会話が続く。その様子をルーンの腕の中から眺めていたブルーテイルは、小さく欠伸を漏らした。
「きゅわぁ……」
腕の中はぽかぽかと暖かい。
安心する匂い。心地よい声。
次第に瞼がゆっくりと閉じていく。
「んきゅ…」
そしてブルーテイルはルーンの腕の中で丸くなり、ゆっくりと眠りへ落ちていった。
こうしてブルーテイルの一日は終わる。
そして明日になれば、また朝一番に彼女たちを起こすところから始まるのだ。




