ブルーテイルの一日
ブルーテイルの一日は、ルーンたちを起こすところから始まる。
朝日が障子越しに差し込み始めた頃、ブルーテイルは真っ先にルーンの部屋へと向かった。
「きゅうっ、きゅうっ」
眠るルーンの頬に前足をちょこんと乗せ、小さく鳴く。
「ん……」
薄く目を開けたルーンは、目の前にいる青い小さな相棒を見つけると自然と口元を緩めた。
「おはよ、ブルーテイル」
優しく頭を撫でられ、ブルーテイルは気持ちよさそうに目を細める。
満足そうに鳴くと、ブルーテイルは次の部屋へと駆けていった。次に向かった先はフィルの部屋だ。
「きゅうっ、きゅうっ」
ルーンの時とは違い、ブルーテイルは遠慮なくフィルの胸の上へ飛び乗り、ぴょんぴょんと跳ねる。
「ん゛ー……」
重みと振動に顔をしかめたフィルはようやく目を開け、寝ぼけたままブルーテイルの体を支えてゆっくりと上体を起こした。
「きゅうっ」
「……おはよ」
まだ眠気が残っているらしく、目元を擦りながら欠伸を漏らす。
ブルーテイルは彼が起きたことを確認すると満足そうに尻尾を揺らし、次の部屋へ向かう。
次に起こすのはシオン。
彼を起こすのは簡単だった。
「きゅうっ」
ひと鳴き。
それだけで十分。
「………」
閉じていた瞼が静かに開き、シオンはすぐに身を起こす。
膝の上へ飛び乗ってきたブルーテイルを無言で撫でると、ブルーテイルも安心したように喉を鳴らした。
その後もフィラーラ、桃華、依千蔵、ホワイト、グリーンと順番に起こして回り、全員の起床を確認すると、次にブルーテイルは朝食にありつく。
台所では清龍がすでに準備を終えていた。
「今日もご苦労だったな」
「きゅうっ!」
差し出された朝ご飯に、ブルーテイルは嬉しそうに飛びつく。
朝食を食べ終えた後は、学び舎へ向かうルーンたちの見送りだ。
+
「行ってくるね」
「きゅうっ!」
元気よく鳴いて、ブルーテイルはルーンたちを見送る。
以前、ブルーテイルは彼女たちと一緒に学び舎へ行きたくてフィルの鞄へ勝手に潜り込んだことがあった。
結果として大騒ぎになって全員からしっかり叱られてしまった経験から、それ以来、ブルーテイルは約束を守っている。
鞄には近づかない。
少しだけ寂しいが、大切な言いつけだ。
ルーンたちの姿が見えなくなるまで見送った後、ブルーテイルは客室の縁側へ向かった。
「きゅわああ……」
そこにはすでに百虎と幻武が寝転がっていた。
ブルーテイルも二匹の間に収まるように丸くなり、自然と欠伸が出る。
ぽかぽかとした陽気。心地よい風。
三匹は揃ってのんびりと日向ぼっこを楽しみ、近くではホワイトがお茶を飲みながらくつろいでいた。
「今日も茶が美味いな」
穏やかな声が聞こえる。
ブルーテイルは眠たそうに目を細めながら小さく鳴いた。
そして、そんな穏やかな時間が過ぎたあとブルーテイルはいつもの難題に直面する。
+
「ブルーテイル、今日はどっちと散歩に行く?」
フィラーラが微笑む。
彼女のそばにはシオンがいて、彼女たちの顔を見つめてブルーテイルは固まった。
「………」
ブルーテイルの日課。散歩の時間。
叶うなら、フィラーラとシオン、二人と行きたい。だがそうもいかない。
シオンと行くか。フィラーラと行くか。
フィラーラを選べば楽しい散歩となるだろう。逆にシオンを選べば刺激的な散歩となるだろう。
どちらも魅力的だ。
「きゅう…」
視線が右へ左へ忙しく動く。
フィラーラを見る。
シオンを見る。
もう一度フィラーラを見る。
そして再びシオンを見る。
「きゅう……?」
しばらく悩んだ末。
+
「きゅうっ!」
「…………」
選ばれたのはシオンだった。
シオンはブルーテイルと共に外へ向かう。
「ブルーテイル、散歩ついでに用事に付き合ってくれ」
「きゅう?」
シオンが言うと、ブルーテイルは首を傾げた。
商店通りにやって来ると人々の声が飛び交い、美味しそうな匂いが漂う。
ブルーテイルはシオンの足元をぴょんぴょんと跳ねながら進んでいく。
商店通りを抜けて、やがて辿り着いたのは一軒の宿屋。宿屋に入って従業員と軽く言葉を交わしたシオンは、そのまま二階へと上がった。
廊下を少し進んで一枚の襖の前で立ち止まり、トントンと数度のノック。
「はーい」
しばらくすると部屋の向こうから女性の声が聞こえた。
ぱたぱたと近づいてくる足音。
ブルーテイルはシオンの肩へ飛び乗り、襖が開くのを待つ。
「いらっしゃい、シオンくん」
襖が横へ滑り、現れたのは朱色の髪をした女性。エーだった。
「きゅうっ」
「あ、ブルーちゃんも一緒なんだね。いらっしゃい」
エーは笑顔で挨拶を返し、そのまま二人を部屋へ招き入れる。
「君から連絡が来た時は吃驚したよ」
そう言いながら、彼女は床に散らばっていた本や小物を魔法で片付けていく。
本が宙を舞い、棚へ収まる。
紙束が積み重なり、机の上が整頓される。慣れた手際だった。
シオンは座布団の上へ腰を下ろす。ブルーテイルも肩から膝へ移動した。
一通り片付けを終えたエーは彼らの向かい側へ座る。
「それで、私に用事って?」
挨拶もそこそこに本題へ入る。
シオンは静かに頷くと、腰の荷物袋へ手を伸ばした。取り出したのは掌に収まるほどの小さな透明な箱。
「……きゅっ」
その中には一輪の花が静かに横たわっていて、それを見た瞬間、ブルーテイルの体がぴくりと震えた。
箱の中に閉じ込められたその花からは、かすかに嫌な気配が漂っている。
シオンは何も言わずその箱をエーの前へ差し出すと、彼女の表情から笑みが消えた。




