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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
3、ダークエルフ
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また明日





 夕食を終えた後、ルーンたちは食器を片付けるため三人で台所に立っていた。

 ショウコが泡を付けた皿をルーンが水ですすぎ、マキノが布巾で拭いて棚へ戻していく。


 水の流れる音だけがしばらく静かに響き、そんな中、不意にマキノが口を開いた。


「そういえばルーンちゃん。フィルさんと仲直りしたの?」

「え?」


 その名前を聞いた瞬間、ルーンの手がぴたりと止まる。胸の奥で、どくり、と大きな音が鳴った。


「…仲直りって?」

「フィルさんに『嫉妬してましたごめんなさい』って言って、仲直りしたのかってこと」


 悪気のない顔でマキノは答える。

 その隣でショウコが呆れたように息を吐いた。


「そんなストレートに言えるわけないでしょ」

「えっ、そうなの?」

「そうなの」


 即答して頷くも、マキノは不思議そうに首を傾げる。

 そのやり取りを聞きながら、ルーンは再び食器へ視線を落とした。

 胸の鼓動は収まらず、少しずつ強くなっていく。


「ストレートじゃなくても、ちゃんとフィルさんには事情を話して謝らないと。フィルさん、気にしてたわけだし」


 マキノは続け、拭き終えた皿を棚へ戻す音が小さく響いた。


「……大丈夫よ。ちゃんと許してくれたわ」


 ルーンは止めていた手を再び動かし始め、静かに言う。

 冷たい水が指先を流れる。


「本当?」

「ええ」


 その言葉にマキノが顔を上げ、頷くと彼女は安心したように息を吐いて柔らかく笑った。


「よかった。じゃあもう二人はいつも通りなんだね?」

「……心配してくれてありがとう」


 その笑顔を見たルーンも口元を緩め、小さくそう告げる。


「マキノから言われなければ、きっと今でも悩んでいたと思うわ」


 それは本心だった。

 あの時、マキノに話していなければ、マキノに言われなければ、きっとすぐにはフィルに謝ることはできなかっただろう。


 感謝している。本当に。

 けれど。


「…………」


 胸の奥では未だに鼓動が鳴り続けていた。

 どくどくと。妙に熱を帯びた音。

 そして微かな痛み。


「……それに、ルーンちゃんとフィルさんが険悪なままだとドレス作りに支障が出ちゃうもんね!」


 二人の会話は続いていて、マキノは笑う。


「一番の懸念はそれだったね。作ってるものがものだから、気まずいままだと色々困るし」

「それは確かに」


 何度も頷く。

 それからも彼女たちの会話は続くが、だがルーンにはその会話の内容が半分ほどしか頭に入らなかった。


 フィルの名前が出るたびに胸の奥が疼く。

 痛みが少しずつ強くなる。

 まるで傷口を何度も指で押されているみたいに。


「…………」


 ルーンはそっと胸元へ手を当てる。

 何かがおかしい。

 そう思いながらも、その正体だけはわからなかった。




+



 それからしばらくして。

 片付けを終えた二人はマキノの家を後にした。

 外へ出ると、空はすっかり夜の色に染まっている。


「それじゃあ、また明日。学び舎でね」

「うんっ!ありがとう、二人とも!」


 家の前でマキノが大きく手を振り、明るい声が夜道へ響く。

 ルーンとショウコも手を振り返し、その場を離れた。

 居住通りを抜けると冷たい夜風が頬を撫で、しばらく歩いたところで分かれ道へ辿り着く。


「じゃあ、私はこっちだから」

「ええ」

「また明日ね、ルーンさん」


 ショウコが立ち止まり、短く言葉を交わせば二人は別々の道へ進む。

 一人になったルーンは静かな夜道を歩き、足音だけが規則正しく周囲に響いた。


「…………」


 ふと胸に手を当てる。

 鼓動はまだ鳴り止まない。

 マキノの家を出てからもずっと、どくどくと脈打ち続けている。


 ルーンは小さく息を吐いた。

 白い息が夜空へ溶けていく。

 胸の奥にはもやがかかったような感覚が残っていた。

 それは決して心地の良いものではなく、むしろ不快な、吐き気にも似た気持ち悪さ。


 どうしてこんな状態になっているのか。

 理解ができず、考えれば考えるほど頭の中が絡まっていく。


「ルーン」


 その時、不意に声がかかった。


「!」


 顔を上げると、目線の先。

 街灯の下にシオンが立っていた。

 こんな場所で会うとは思わず、ルーンは足を止める。


「シオン?ここで何をしているの?」


 シオンは周囲へ鋭い視線を向けたまま答えた。


「……この辺で妙な気配を感じたんでな。探していた」

「妙な気配?」


 言われて、ルーンも周囲を見渡す。

 何も感じない。静かな、人気の少ない夜道が見えているだけだ。


「……私は何も感じないけど?」

「いや」


 しかし、シオンは眉をひそめる。


「確かにこの辺りに気配がある。微かにだがな」


 その表情に迷いはなかった。

 彼がそう言うならきっと何かあるのだろう。

 本来のルーンなら、そう判断したはずだ。

 けれど、今の彼女は違った。


「気のせいじゃない?」


 ぶっきらぼうにそう返しながら足を動かし、シオンの横を通り過ぎる。

 胸の奥では鼓動がさらに強くなっていて、それが妙に苛立たしかった。


「…普段のお前なら、俺と同じく感じるんじゃないか?」


 その言葉に、ルーンの足が止まる。

 静かな夜道。ゆっくり振り返った彼女は、口元だけを緩めた。


「私は貴方みたいに"万能"じゃないわ」


 笑っているように見えて、その声はどこか冷たい。


「申し訳ないけど、今は疲れているのよ。きっと何も感じないのはそのせいね」


 紫色の瞳が細められる。

 そう言い残し、ルーンは再び歩き始めた。


「…………」


 シオンは何も言わず、ただ離れていく彼女の背中をじっと見つめる。

 やがて視線を外し、再び周囲の気配を探り始めた。


「…………」


 夜風が吹き、静寂が戻る。

 少し歩いたところでルーンは立ち止まった。

 振り返り、遠くにいるシオンの姿をその目に映す。


「…………」


 胸の奥はまだ騒がしい。

 彼の背中を見つめる紫の瞳には、ほんのわずかに赤い色が混じっていた。



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