友達料理
夕食の準備が整った頃には、窓の外はすっかり夕暮れ色に染まっていた。ローテーブルの上には湯気を立てるカレーが三人分並べられている。
隣にはルーンが作ったサラダと、焼き立てのパンが籠に盛られていた。食欲を誘う香りが部屋いっぱいに広がる。
テーブルを囲んで座ったルーン、マキノ、ショウコは揃って両手を合わせた。
「いただきます」
「……いただきます」
「いただきまーす!」
三人の声が重なる。
それぞれがスプーンや箸を手に取り、食事へと手を伸ばした。
真っ先にカレーへ飛びついたマキノは、ご飯とルーをたっぷりすくって口へ運ぶ。
もぐもぐと咀嚼した後、その顔がぱっと明るくなった。
「んーっ!美味しい!」
幸せそうに目を細める。
その反応を見て、ショウコは小さく笑った。
「食べやすいように辛さは調整したつもりだけど、どう?」
「……うんっ、ちょうどいいよ。とっても美味しい!」
「それはよかった」
ショウコもようやくカレーに手を付ける。一口食べてからサラダへ箸を伸ばし、ドレッシングのかかったトマトを口へ運んだ。
その隣で、マキノは次にパンへ目を向ける。皿の上に置かれた焼き立てのパンを手に取り、興味深そうに眺めた。
「このパン、ルーンちゃんが焼いたの?」
「ええ」
聞かれて、ルーンは短く頷く。
それを聞いたマキノは、さっそく一口かじった。
ふんわりと柔らかな生地。
噛むたびに広がる小麦の香りと、ほんのりとした甘み。
「美味しいっ!」
マキノは目を輝かせた。
「ルーンちゃん、パン焼く天才!」
「……大袈裟ね。パンを作るのが得意なだけよ。兄さんのせいでね」
ルーンは肩をすくめ、そう言いながら脳裏に兄の姿を思い浮かべた。
リースレッド。
集落で暮らしている、大切な家族。
「お兄さん?」
マキノが首を傾げる。
「ええ。兄さんはパンしか食べない人だから、おのずと腕が上達したの」
サラダを一口。
自分で作ったものだが、なかなか悪くない味だった。
「パンしか食べないって……お兄さん、偏食家なの?」
ショウコが眉をひそめる。
"パンしか食べない"というワードに引っかかってしまったようだ。
「『食べ物はひとつだけ食べられれば問題はないだろう』って言ってたわ」
「いや、問題大ありでしょ……」
ショウコは呆れたように言葉を返す。
マキノも興味津々といった様子で身を乗り出してきた。
「パンって、惣菜パンとかも入ってるの?」
「……いいえ。一度試してみたけど、惣菜の入ったものは兄さんは食べなかったわ」
「え、素パンのみ?」
「何も入ってないパンだけ食べてたの?」
「ええ」
ルーンは当然のように答えるが、二人の反応を見る限り、それは決して当然ではないらしい。
「……その時はなんとも思わなかったけど、今にしてみれば、おかしな兄よね」
そう呟き、カレーを一口食べる。
口の中に広がる香辛料の刺激に思わず少しだけ眉が動いた。
美味しくないわけではない。
ただ、自分の故郷ではあまり味わわない種類の辛さだった。
慣れていないせいか、舌が驚いている。
「辛かった?」
その様子に気づき、ショウコが聞いてきた。
「少しだけ。でも平気よ」
ルーンは答える。
そんなやり取りの後、マキノが再び口を開いた。
「へぇ。ルーンちゃん、お兄さんいるんだね。会ってみたいなー」
「会ってもつまらない兄よ」
即答する。
「頭は固いし、融通も利かないしね」
「お兄さん、どこに住んでるの?」
「西の大陸にある森の中よ。そこでひっそりと暮らしてるわ」
「……こっちに呼ぶことって出来ない?」
「?」
ルーンは少し考える。
兄の性格を思い返せば、断られる可能性もある。だが絶対に来ないとも言い切れなかった。
「頼めば来てくれるとは思うけど、どうかしらね」
「頼んでみてよ!」
マキノは再び身を乗り出す。
「私、会いたい!ルーンちゃんのお兄さん!」
その勢いに、ルーンは思わず目を瞬かせた。
そこまで興味を持たれるとは思っていなかった。
「……そうね」
もう一度、少しだけ考える。
「時間が出来て集落に帰ることが可能になったなら、そこで頼んでみるのもいいかもしれないわ」
「本当?」
答えると、マキノの顔がぱっと明るくなった。
「約束だからね!」
「ええ」
小さく頷くとそれを見たマキノは満足し、再びカレーへと意識を戻す。
楽しそうに食事を続ける姿に、ルーンも再びスプーンを手に取った。
口へ運んだカレーの温かさがじんわりと広がる。
「……………」
自然と、集落にいる兄のことを考えた。
今頃、何をしているだろうか。
今日もまた、何も入っていないパンを食べているに違いない。
その姿が容易に想像できてしまい、ルーンの口元はわずかに緩んだ。
呆れることはあっても、嫌いになれるはずのない家族。
賑やかな食卓の中で兄を思い浮かべながら、ルーンはゆっくりとカレーを食べ続けた。




