表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
3、ダークエルフ
210/265

接触





 "マキノの腕が動かない"


 その一言によって、本日のウェディングドレスとタキシードの製作作業は中止となった。

 想定外に空いた時間をどう使うべきか少し考えた末、ルーンはひとり噴水広場へ足を運ぶ。広場の中央では、陽の光を受けた噴水がきらきらと輝いていた。

 子供たちの笑い声が聞こえ、道行く人々は思い思いに休日の時間を過ごしている。


 そんな賑やかな景色の中でルーンはベンチに腰を下ろし、小さく息を吐く。

 頭の中に浮かぶのは、昼に聞いたマキノの言葉だった。


 胸にそっと手を添え、空を見上げる。


「…………」


 自分はどうやら、自分が思っている以上にフィルのことが好きらしい。

 そう思った瞬間、少しだけ頬が熱くなった。


 目を閉じる。

 フィルの姿を思い浮かべると、胸がとくりと鳴いた。


 ルーンはゆっくりと目を開く。


「帰ったら謝らないと……」


 ぽつりと呟く。

 今日一日、フィルとはほとんど顔を合わせていない。

 自分の感情に整理がつかず避けるような真似をしてしまった。


 もしかしたら変に思われたかもしれない。

 もしかしたら傷つけてしまったかもしれない。


 そう考えると、胸の奥が少し痛んだ。

 もう一度息を吐き、視線を下へ落とす。


「……?」


 ふと、噴水に目を向ける。

 すると、噴水の縁、その足元に小さな花が咲いているのが見えた。


 一輪だけ伸びた黒い花。

 見覚えのない、不自然なほど黒い花だった。

 こんな場所に花なんて咲いていただろうか。


 そう首を傾げた瞬間。


「やはりまだ遅いな」

「っ……!」


 突然聞こえた声に、ルーンは肩を震わせる。

 慌てて顔を向けると、そこにはいつの間にか男が座っていた。その人物を見た瞬間、彼女は目を見開く。


「貴方は!」


 黒い髪。

 深く被ったフード。

 黒いコート。


 忘れるはずもない男だった。

 ルーンは反射的に立ち上がろうとするが、その前に腕を掴まれる。


「っ……!」


 強い力。

 男は正面を見るだけで、ルーンにはほとんど視線を向けない。


「座れ。騒がれて目立ちたくないだろう」


 低く冷たい声。

 感情の読めない表情。


「………」


 ルーンは警戒しながら周囲を見回す。

 広場にはまだ多くの人がいる。

 確かに、ここで騒ぎになれば迷惑を掛けるだけだ。

 数秒の沈黙の末、彼女は大人しくベンチへ座り直した。


「貴方、何故ここにいるの?」


 睨み付けながら問いかける。

 しかし男はすぐには答えなかった。

 背もたれに腕を乗せ、広場を行き交う人々へ視線を向ける。


 学び舎帰りの生徒。

 買い物袋を提げた大人たち。

 家族連れ。

 ペットを散歩させる老人。

 誰もが平穏な時間を過ごしている。


「この村の奴らは変わらず呑気なものだな」


 ぽつりと呟く。


「シエルから聞いていると思うが……近々俺たちはこの村にある学び舎を襲撃する」

「……どうして学び舎なの?」


 ルーンは眉をひそめた。

 男…カフルエルは表情一つ変えない。


「理由などない。学び舎には大勢の人間が集まり、多くの呪いが生まれる」


 そこで一度言葉を切る。


「……ただ、それだけのことだ」

「…………」


 呪い。

 最近になって耳にするようになった言葉。

 だが、未だにその正体をルーンはまだ知らない。

 一体、"呪い"とは何なのか。


 沈黙が流れる。

 やがてカフルエルの視線がルーンへ向いた。


「……貴様、その服は学び舎のものだな」


 制服を見据えながら言う。


「……俺との因縁がありながら呑気に学園生活か。笑えるな」

「貴方には関係ないわ」


 ルーンは即座に返した。


「私がどこで何をしようと勝手でしょう」

「……確かに。貴様がどこで何をしようが俺には関係ない」


 カフルエルはあっさり頷き、そう言って立ち上がる。

 フードの影がわずかに揺れた。


「だが、よくあそこが貴様を受け入れたものだ」

「貴方は知らないでしょうけど、理解のある大人がいるのよ。おかげで過ごしやすい毎日を送っているわ」

「そうか」


 短い返事。

 そしてカフルエルはルーンに背を向けて歩き出し、数歩歩いたところで立ち止まった。


「……だが、その"過ごしやすい毎日"とやらも、もうじき終わる」


 振り返る。

 フードの奥から覗く赤い瞳が鋭く光った。

 まるで獲物を狙う獣のような視線。

 その圧力に、ルーンは無意識に体を強張らせた。


「その時、貴様が一体どんな表情を見せるのか」


 カフルエルの口元が歪み、赤い瞳に愉悦が宿る。


「今から楽しみだ」


 そして、ニヤリと笑うと彼は人混みの中へ消えていった。

 黒いコートが雑踏へ溶け込み、その姿はすぐに見えなくなる。

 ルーンはしばらく動けなかった。

 張り詰めていた緊張がようやく解ける。


「…………」


 肩から力が抜け、それでも視線だけは彼が消えた方向を睨み続けた。

 胸の鼓動はまだ速い。

 どくり。どくり。

 鳴り続ける心臓を押さえながら、ルーンは下唇を強く噛み締める。


 青空の下に広がる穏やかな日常。

 子供たちの笑い声。

 行き交う人々の笑顔。

 その光景が、カフルエルの言葉によって薄く影を落として見えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ