話せばすぐに
昼休み。
教室の窓から差し込む陽光が机の上を照らす中、マキノはぐったりと机に突っ伏していた。
「う、腕が……っ。腕が動かないっ」
まるで瀕死の冒険者のような声だった。
「これは、明日は家から出られないかもしれない……っ」
「……そこまでじゃないでしょ」
向かいで弁当を食べていたルーンが、冷静に突っ込む。
そう言いながら玉子焼きを口に運んだ彼女に、マキノはゆっくりと顔を上げた。
「ルーンちゃんは大丈夫なの?腕とか足とか腕とか?」
「…貴女と同じで疲れてはいるけど、動かせないほどじゃないわ」
「うぅ……っ」
羨ましい。
そう呟くと、マキノは再び机へ顔を伏せた。彼女の弁当はまだ手つかずのままだ。
相当疲れているのだろうとルーンは思った。それほどまでに先ほどの体育の授業は過酷だった。
「……でも、フィルさんがいてくれてよかったよ」
「………」
ぽつりと零れた名前に、ルーンの箸が一瞬だけ止まる。
マキノは気づいていないのか、そのまま続けた。
「フィルさんがいなかったら私、四つとも出来なかったと思う」
「……そう」
「ルーンちゃんは三つ目と四つ目、どうやって行ったの?」
体を起こしながら尋ねられ、ルーンは思い返す。
「……三つ目のあれは、もう途中から強行突破したわ。四つ目は挟み撃ちでなんとか」
「挟み撃ち?」
数秒考えた後、マキノはぽんと手を打った。
「あっ、そうか。挟み撃ちっていう手があったのかぁ」
疲れ切った声が天井へ向かって飛んでいく。
「そっちはどうだったの?」
ルーンも聞いてみると、少しだけ表情を明るくしてマキノは言った。
「こっちはほとんどフィルさん頼りだったよ」
「…………」
ルーンは無言のまま耳を傾ける。
「一つ目と二つ目もそうだったけど、三つ目も四つ目も私には考えられないような方法で進んでって。さすが特待生って感じだった。おかげであまり濡れずに済んだよ」
「……私は水浴びまくったわ」
マキノは感心したように笑うが、ルーンはぼそりと返す。
「おかげで風邪を引きそうよ」
「あはは……。まぁ、あれは酷かったよね」
容赦なく水を掛けまくってくる銀色の円盤を思い出し、マキノは苦笑した。
話はそれからも終わらずに続き、マキノはルーンにフィルがいかに凄かったかを伝える。
「あっ、そうそう。それでフィルさんがね!」
普段ならそのまま気にせずに聞いているルーンだが、
「……マキノ」
彼女がさらに話を続けようとしたその時、ルーンは低い声で彼女を止めた。
「ん?」
マキノは言われた通りに話を終わらせ、首を傾げる。
弁当の最後の一口を飲み込み、ルーンは静かに言った。
「ごめんなさい。……もうその話はやめて。……というか、彼の話はしないで」
「?」
ぱちり、とマキノが瞬きをする。
弁当箱の蓋を閉めるルーンの表情は、どこか険しかった。
「彼って、フィルさん?」
「………」
沈黙。
それだけで十分な答えだった。
「……やっぱり、フィルさんと何かあった?」
眉尻を下げて、マキノは続ける。
「私ね、フィルさんに聞いてみたの。"ルーンちゃんと喧嘩でもしたんですか?"って」
そう言いながら、ようやく自分の弁当に手をつけて蓋を開けた。
「その時はしてないって言ってたんだけど……フィルさんも様子おかしくて……」
おかずを一口食べる。
「……別に。喧嘩なんてしてないわ」
ルーンは視線を逸らした。
「してないのに、何でそんな顔なの?」
返ってきたのは修介と同じような問いだった。
ルーンは眉を寄せたまま小さく息を吐き、そして、マキノならいいかと今朝の出来事を話し始める。
フィルから聞いた昔話。
シエルという少女のこと。
その時に感じた、説明のつかない胸の苦しさ。
「………っ」
できるだけ簡潔に話したつもりだった。
それでも口にするたび、胸の奥がきりきりと痛む。
話し終わる頃には、気分まで重くなっていた。
「ルーンちゃん、それは嫉妬だね」
「え?」
ルーンの話を聞き、コロッケを頬張りながらマキノはあっさりと言う。
聞き慣れない言葉に、ルーンは首を傾げた。
「……しっ、と?」
「うん」
マキノはこくりと頷く。
「ルーンちゃんは、焼きもちを焼いてるの」
「焼きもち……」
「フィルさんの昔の話を聞いて、フィルさんと……えっと、その……シエルさん?って人の関係に」
言われて、ルーンは目を伏せた。
焼きもち。嫉妬。
その言葉は、不思議なほど胸の奥へすとんと落ちた。
フィルへの気持ちに気づいた時も、似たような感覚はあった。けれど今回の痛みは少し違う。
もっと重くて、もっと苦しい。
「…………(これが、嫉妬)」
胸に手を当てる。
「(…厄介な感情ね)」
そんな風に思いながら、ルーンは眉をひそめる。
ニヤニヤと実に楽しそうな笑みを浮かべながら弁当を食べ進めるマキノには気づかず、彼女は息を吐いて胸に当てた手を軽く握った。




