ゲーム開始!
「次のグループはもう用意しとけ!」
男性教師の大きな声が広場に響く。
その合図を受け、生徒たちは次々とスタート地点へ移動した。
ルーンと修介も決められた位置に立ち、準備を進める。
ふと隣を見ると、見知った顔があった。フィルとマキノだ。
どうやら彼らも同じ組で進むらしい。
「ルーンちゃん、頑張ろうね!」
マキノも気づき、元気よく拳を握り締める。
やる気に満ちたその姿に、ルーンは少しだけ表情を和らげた。
「そうね」
短く頷く。
一方で修介もフィルへ声を掛けた。
「お手柔らかにね、フィルくん」
「……」
にっこりと笑みを浮かべながら言うと、フィルは彼の方に顔を向けて眉をひそめる。
何も答えなかった彼に、修介は小さく肩をすくめた。
「位置について、よーい!」
教師の声が響く。
「スタート!」
そして号令と同時に、生徒たちは一斉に走り出した。
ケインたちが用意したゲームは全部で四つ。
最初のゲームは準備運動のような内容だったため、ルーンと修介は特に苦戦することなく突破した。
問題は二つ目からだった。
目の前に現れた巨大な石壁を見上げ、ルーンは眉をひそめる。
「これは……」
かなり高い。
見上げるだけで首が痛くなりそうだ。
「高さが結構あるな」
修介も壁の上を見ながら呟く。
「登れるか?」
「魔法があれば余裕でしょうけど、使うのは禁止されているから」
ルーンは小さく息を吐いた。
授業前にケインから言われた言葉を思い出す。
"極力、授業中では魔法の使用はしないでください"
魔法を使える生徒と使えない生徒の差が大きすぎるためだとの理由だった。
ルーン自身も納得していた。
だからこそ、今は自分の力だけで越えなければならない。
「貴方は登れる?」
「たぶん余裕」
修介はそう言うと、すぐに壁へ手を伸ばす。
掴めそうな石を見つけ、慎重に体を持ち上げていった。動きに迷いがない。
「…………」
ルーンも後に続いた。
石の隙間へ指を掛け、一歩ずつ登っていく。
決して速くはない。
ゆっくりと慎重に登り、頂上へ辿り着くと修介が先に待っていた。
「ほら」
差し出された手を掴む。
引っ張られるようにして、ルーンは最後の一段を登り切った。
「ありがとう」
「どういたしまして」
礼を言えば修介は笑う。
その直後、近くから聞き慣れた声が聞こえてきた。
「ほら、マキノ。もう少しだ」
フィルだった。
視線を向けると、フィルは壁の上からマキノへ手を差し伸べていた。
「はぁ……はぁ……っ」
息を切らせながらマキノがその手を掴む。
フィルは彼女を支えながら引き上げた。
「やっと着いたー……っ」
「お疲れ様」
そう言ってフィルが微笑む。
優しい笑顔だった。
マキノも嬉しそうに笑い返す。
その光景を見た瞬間。
「っ、」
ルーンの眉がわずかに寄った。
すぐに視線を逸らす。
見なければよかった。と、胸の奥がまたざわつく。
理由のわからない鈍い痛みが広がっていく。
今日はフィルの顔を見ない方がいい。
そう思いながら、ルーンは先の道へ目を向ける。
「………」
修介はそんな彼女を横目で見つめ、そっと目を細めた。
+
「ルーン」
その後、先を歩いていた修介が声を上げる。
「ここから下に降りられそうだ」
その声にルーンが近づく。
そこには一本のロープが張られていた。
高所から低所へ伸びるロープ。
その上には滑車が取り付けられ、L字型の取っ手がぶら下がっている。
「なるほど。これで下へ降りろってことね」
ルーンは頷く。
修介は迷うことなく滑車へ手を掛けた。
「さあ、降りよう」
そう言って、修介はルーンの腰へ手を回して引き寄せる。
突然の行動にルーンの目が見開かれた。
「……何?」
「いや。これ、一人用みたいだからさ」
修介は平然として、滑車を指差す。
「二人同時に降りるならこうするしかないかなって。…あれ、もしかして照れてる?」
「何を言っているの?」
少しだけ顔を近付けた彼に、ルーンは呆れたような口調で即座に返した。
しかし滑車を見れば、確かに一人ずつ降りるより効率は良い。
「……でも、一人ずつ降りるよりはいいかもね」
「だろ?」
納得したルーンは修介の服を掴む。
修介は彼女が落ちないようさらに身体を引き寄せた。
そして、滑車が勢いよく動き出す。
風が吹き抜け、二人の姿はそのまま下へと滑っていった。
+
その様子を、少し離れた場所でフィルは見ていた。
「…………」
言葉はなく、ただ静かに見つめている。
「フィルさん!ここから降りられますよ!」
マキノの声が響く。
彼女も滑車を見つけたらしい。
しかしフィルは反応しなかった。
視線は別の場所へ向けられたままだ。
「フィルさん?」
マキノは首を傾げて近寄り、肩を軽く叩く。
ハッと肩を震わせ、フィルはようやく我に返ったように振り向いた。
「どうかしました?」
「……いや。なんでもないよ」
フィルは首を横に振り、無理にでも笑顔を作るように口元を緩める。
「オレたちも行こう」
そして、そう言って歩き出すが。
「フィルさん」
マキノはその横顔に違和感を覚えた。
少しだけ硬い、どこか落ち着かないような表情。
「……ルーンちゃんと喧嘩でもしました?」
思わず聞いてしまう。
質問を聞いて、フィルの足が止まった。
「え?」
「今朝、ルーンちゃんに話しかけたら凄く機嫌が悪そうで……」
振り向くと、マキノは困ったように笑っていた。
「もしかしたらフィルさんと喧嘩したのかなって」
「…………」
しばし沈黙。
フィルはすぐに首を振った。
「喧嘩なんてしてないよ」
そう言って、いつものように自然に笑った。
何事もなく。けれど。
その笑顔の奥にある僅かな強張りを、マキノは見逃さなかった。
「……そうですか」
彼女は眉尻を下げる。
フィルは何も言わず、再び前を向いた。




