どうして?
翌朝。
学び舎へと続く石畳の道を、フィルとルーンは並んで歩いていた。
空はよく晴れている。
街はいつも通りの賑わいを見せていたが、フィルの胸中は重かった。
昨夜の出来事が、頭から離れない。
「一週間後……?」
ルーンが首を傾げる。
フィルは小さく頷いた。
「ああ。シエルがそう言ったんだ」
昨夜の会話を思い返しながら、彼はできるだけ正確に伝える。
一言一句漏らさぬように話し終えると、ルーンはじっと彼を見つめた。
「一週間後に何をするって?」
「さあ……?」
フィルは困ったように眉尻を下げた。
「そこまでは言わなかったけど……」
「そう」
ルーンは顎に手を添え、考え込む。
しばらく沈黙が続いた。
「ボス……」
やがて彼女はぽつりと呟く。
「それって、カフルエルのことかしら。だとしたら、その一週間後にカフルエルが学び舎で何かをするってこと?」
「たぶん…」
フィルも同じことを考えていた。
だが、情報が少なすぎる。
何が起きるのか。何を目的として起きるのか。
肝心な部分がまるでわからなかった。
「うーん……」
ルーンは悩ましげな声を漏らす。
しかし、いくら考えても答えは出そうになかった。
やがて彼女は小さく息を吐いた。
「……それだけの情報じゃ、わからないわね」
肩をすくめる。
「でも、一週間後に何かが起きるのは確かだわ。警戒は強めておいた方が良さそうね」
「………ああ」
ルーンの言葉にフィルは頷く。
そして、刻印を見つめた。
ルーンは、ふとフィルのその様子に気付く。
彼の表情は険しかった。
右手に浮かぶ刻印はルーンには見えない。
以前、一度だけ見えたことがあるが、それ以降は何度見ようとしても見えなかった。
今も彼女の目には、ただの右手にしか見えない。
「…………」
ルーンはしばらく黙ってフィルを見つめた。
そして、不意に口を開く。
「気になるのだけど」
「ん?」
フィルが顔を上げる。
「どうして彼女は貴方にだけ伝言を残したの?」
その言葉に、フィルは瞬きをした。
「その伝言って、たぶん私たちに向けたものよね?」
「まあ、そうだと思う」
「だったら何故、彼女は貴方だけに告げたの?」
言われてみれば確かに不自然だ。
自分たちに向けた伝言だったなら、どうしてわざわざ自分ひとりにだけ伝えたのだろう。
「あー……。オレに伝えれば、ルーンにも伝わるって思ったからじゃないかな?」
フィルは少し考えて答える。
だが、その答えを聞いたルーンは納得していない様子だった。
「……本当にそうかしら?」
「え?」
フィルは首を傾げる。
ルーンはじとりとした視線を彼に向けた。
「貴方と彼女の関係って、不思議だったのよね」
「オレとシエル?」
「ええ」
ルーンは続ける。
「貴方は最初から彼女のことを知っていた」
「……」
「敵同士なのだけど、なんというか……」
彼女は言葉を探すように少しだけ視線を泳がせる。
「貴方たちの間には、私たちが知らない何かがあるような気がするの」
「…………」
フィルは何も答えなかった。
答えられなかった。
顔を逸らした彼の横顔をルーンは見つめる。
「……教えてくれない?」
静かな声だった。
責めるような響きはない。
ただ純粋な疑問だった。
「貴方と彼女って、どういう関係なの?」
学び舎の建物が見えてくる。
到着までは、もう少しだった。
フィルは足を止めこそしなかったが、胸の奥がさらに重くなるのを感じた。
そういえば、まだ話していない。
シエルとの関係を。
ルーンにも。誰にも。
話す機会がなかったわけではない。
ただ、どう説明すればいいのかわからなかった。
「…………」
フィルは右手へ視線を落とす。
――どんな風に話せばいいんだろう。
――どんな風に伝えればいいんだろう。
考える。
言葉を探す。
胸の奥で様々な感情が絡まり合う。
ルーンは急かさなかった。
ただ隣を歩きながら、静かに待っている。
フィルは小さく息を吐き、そして、ぽつりと呟いた。
「……オレとシエルは」
その声はどこか遠い過去を見つめるようだった。
フィルはゆっくりと言葉を選びながら話し始める。
ルーンは口を挟まず耳を傾けた。




