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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
3、ダークエルフ
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伝言





 夕食を終えた後。

 フィルは重たい足取りで廊下を歩いていた。


 食事の時間が終わったにもかかわらず、疲労感はまったく抜けていない。

 その原因は言うまでもなくホワイトだった。

 夕食中も彼の質問攻めは止まることがなく、ルーンの魔法による制止が入らなければ今も続いていただろう。


 おかげで料理の味などほとんど覚えていない。

 学び舎での勉学だけでも十分疲れていたというのに、その上さらに精神力まで削られてしまった。


「はぁ……」


 自然とため息が漏れる。

 今日はもう寝よう。

 そう決めて、自室の襖を開けた。

 部屋へ一歩踏み入り、後ろ手で襖を閉める。


「っ……!」


 その瞬間、右手に鋭い痛みが走った。

 フィルは思わず眉をひそめる。

 視線を落とした先では、右手の刻印がいつも以上に小刻みに震えていた。


「何だ……?」

「随分とお疲れのようね、フィル」

「!」


 困惑した直後、聞き覚えのある声が響く。


 フィルは反射的に顔を上げた。

 ベッドの上に腰掛けていた人物がゆっくりと立ち上がり、長い髪を揺らしながら穏やかな笑みを浮かべる。


 その姿を見た瞬間、フィルの表情が強張った。


「シエル……っ!」

「こんばんは」


 そこにいたのはシエルだった。

 まるで友人に挨拶するような口調。

 彼女は静かに歩み寄る。

 フィルはすぐさま襖へ手を伸ばした。

 だが、襖はまったく動かない。


「なっ……?」


 力を込めても、ぴくりともしない。


「無駄よ。この部屋には貴方が入ってきた瞬間に結界を張ったから。私が解かない限り、貴方はここから出られないわ。ちなみに助けを呼ぼうとしても無駄。私と貴方の声は、この家の人たちには聞こえなくなっているから」


 シエルは言う。

 フィルは警戒を強めた。


「どうしてここに……?」


 問い掛けると、シエルは小さく肩をすくめる。


「そんな怖い顔をしないで。今日は戦いに来たわけじゃないわ」


 そう言いながら近づいてくる。

 そして自然な仕草でフィルの身体へ寄り添った。


「……ああ、フィル」


 どこか懐かしむような声。


「もうすっかり大人の体ね。成長する体って素晴らしいわ」


 静かに伸ばされた手が右手へ触れる。

 その瞬間、刻印が激しく震えた。


「っ!」


 痛みが一気に増し、フィルは顔をしかめる。


「刻印も変わらず元気そう。……でも、前みたいに暴走はしないみたいね。もしかして受け入れたのかしら?」


 シエルは刻印を見つめた。

 しかしフィルは答えず、彼女の肩へ手を置いて静かに距離を取らせる。


「シエル、質問に答えてくれ。どうしてここにいるんだ?戦いに来たわけじゃないって、どういう……」


 フィルは真っ直ぐシエルを見据えた。


「……そうね。ここの人たちは勘が良い人ばかりだから、早くしないと来てしまうわね」


 少しだけ寂しそうな表情を浮かべたシエルだったが、そう言って息を吐く。

 その時、部屋の外から大きな声が響いた。


「あら。言ったそばから」

「おい、フィル!そこにいるのか!返事をしろ!!」


 聞こえてきたのはターナの声だった。

 襖が激しく揺れ、フィルは振り向く。


「ターナさん!」


 思わず声を上げる。


「無駄よ。言ったでしょう?」


 シエルは首を横に振り、静かな声で言う。


「結界を破らない限り、外の人たちには私たちの声は聞こえない」


 襖がさらに大きく震える。

 ターナの怒声も聞こえてきた。


「……でも、彼女なら強引にでもこじ開けてきそうね」


 シエルは苦笑する。


「時間もないようだし、単刀直入に伝えるわ。ボスからの伝言を」

「ボス?」


 その表情に笑みが消えた。


「一週間後。貴方たちの通う学び舎で、ボスが何かをするみたいよ」

「は?」


 静かに告げると、フィルは眉をひそめる。


「……何かって?」

「さあ?それは私にもわからないわ」


 シエルはあっさり答えるが、次の言葉には迷いがなかった。


「だけど、その何かで学び舎では大変なことが起きる」


 襖を叩く音がさらに激しくなる。

 もはや壊れる寸前だった。


「フィル!開けろ!!」


 ターナの怒鳴り声が響く。

 シエルはちらりと襖を見た。


「……もう限界みたいね。私はそろそろ行くわ」


 杖を取り出す。

 杖の先が床を軽く叩き、コン、と小さな音が鳴った。

 足元に魔法陣が広がる。


「シエル、待て!」


 フィルは思わず叫んだ。

 杖を掲げ、呪文を唱えれば淡い光が彼女の身体を包み込む。

 そして最後に。彼女は優しく微笑んだ。


「それじゃあね」


 その一言を残し、シエルの姿は光とともに消え去る。

 同時に結界も消滅し、次の瞬間。

 バンッ!と、勢いよく襖が開かれた。


「フィル!無事か!」


 ターナが飛び込んでくる。

 息を荒げながら部屋を見回し、腕を組んで険しい表情を浮かべた。


「ターナさん……」

「妙な気配がしたから飛んできた。何があった?」


 フィルは少しだけ視線を伏せる。

 シエルの言葉が頭の中で何度も繰り返された。


 一週間後。学び舎で何かが起きる。


 それが何なのかはわからない。

 フィルは唇を結んだ。


「フィル」

「……」


 そして、静かに首を横へ振る。

 何も答えなかった。

 答えられなかった。


 ただ、右手の刻印だけが、かすかに熱を残していた。



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