切実な悩み
玄関の引き戸を開けると、ルーンたちを出迎えたのはホワイトだった。
「おかえり、私のルーン。金色の子」
淡々とした声が響き、ルーンとフィルは揃って目を瞬かせる。
ホワイトが誰かを出迎えるなど珍しいと二人は顔を見合わせた。
「……どうした?」
「いえ。……貴方がここにいるなんて珍しいわね」
ホワイトが不思議そうに尋ねると、靴を脱ぎながらルーンが言う。
「私のルーンを迎えに行こうとしていた。いつもの時刻になっても一向に帰ってくる気配がなかったからな。………何をしていた?」
ホワイトは静かに首を傾け、赤い瞳をルーンへ向ける。
「友達の付き添いでちょっとね。たぶんしばらくの間はこの時間の帰宅になると思うわ」
「……そうか。承知した」
ルーンは肩を竦める。
ホワイトは小さく頷いた。
「ならば、これからは私は私のルーンを迎えに学び舎へ足を運ぼう」
「別に迎えなんていらないわよ。フィルがいるし。必要ないわ」
即答。
ホワイトは一瞬だけ沈黙した。
「……そうか。承知した」
それ以上は何も言わず、ルーンがそのまま廊下を歩いていくのを見送る。
彼女は、まっすぐ自室として使っている部屋へ向かい、襖を開けて中へ入っていった。
その後ろ姿を見つめていたホワイトは、静かに息を吐く。
そして隣にいたフィルへ視線を向けた。
「金色の子。私は、私のルーンと最近まともに会話をしていない」
「ん?」
「学び舎での勉学が忙しいのは重々承知している。だが、私はもっと今までのように私のルーンと会話をしたい。私のルーンの声をもっと聞きたい。今の私が今後もこの状態ならば、私は私のルーン不足で倒れてしまうだろう」
一拍置いて続ける。
「……私は、どうすれば良いだろうか?返答を求む」
突然始まった相談。
ホワイトの表情は真剣そのものだった。
その言葉を聞いたフィルは、一瞬きょとんとして困惑する。
「ええと……それオレに聞く?」
「金色の子は私の恋敵であり、同時に同じ女性を愛する同志でもある。もし可能ならば助言を請いたい。金色の子が今の私の立場と同じ状況に陥った場合、金色の子なら何をする?」
ホワイトは至って真面目だった。
さらに一歩、彼に近付く。
「私のルーンをどんな風に誘い、どんな風に言葉を掛ける?」
「……………」
そんなことを聞かれても困る。
フィルは眉尻を下げた。
「…そんなの自分で考えればいいだろ」
ぽつりと呟きながら廊下を進み、ルーンと同じく自室として使っている部屋へと向かう。
ホワイトも当然のようについてきた。
襖を開けて部屋へ入り、鞄を置いて制服を脱いで、普段着へ着替えるその間でも彼はその場でじっとしている。
「…………」
その姿はまるで答えを待つ教師のようで、フィルは袖を通しながらますます困惑の表情を浮かべた。
+
着替えを終えたルーンは空になった弁当箱を持ち、台所へ向かった。
台所には依千蔵とフィラーラ、グリーンの姿もある。
「ルーン、おかえり!」
ルーンに気づき、フィラーラが明るく声を掛けてきた。
依千蔵とフィラーラは揃ってエプロンを身につけていて、ルーンは首を傾げる。
「……清龍、まだ戻ってきていないの?」
近寄ってきたグリーンへ弁当箱を渡しながら尋ねた。
グリーンは口に咥えたルーンの弁当箱をテーブルの上へ置く。
「兄ちゃんなら帰ってきたぜ。でも、すぐまた出掛けた。桃華姉ちゃん連れて」
野菜を切っていた依千蔵が答えた。
「桃華を?」
「ああ。……あの様子だと、今日は帰ってこないな」
「そう……。で、貴方は何をしてるの?」
「見てわかんねーのか。料理してんだよ。兄ちゃんいないから」
依千蔵は目を離さず野菜を切り続ける。
トントントン、と小気味良い音が周囲に響いた。
ルーンは小さく頷き、フィラーラに近付く。
「フィラーラは何してるの?」
「依千蔵の手伝い。野菜サラダ作ってるの」
そう言ってレタスを千切る。
「……グリーンは?」
「我は、現在はこのような獣の姿をしているからな。何もしていない。ただここにいるだけだ」
強いて言うなら、味見役としてこの場にいる。
グリーンは淡々とそう続けて、ルーンは「……そう」と短く返した。
これ以上いると邪魔になりそうだ。
そう判断し、彼女は台所を後にした。
+
客間の襖を開けると、ホワイトがフィルに詰め寄っている光景が目に入った。
「金色の子。私は何度でも聞く」
ホワイトがフィルへ身を乗り出している。
「私の良き恋敵として、私の良き理解者として、私のルーンの声をもっと聞きたいと思った時、金色の子ならどうする?何をする?」
「…………(近い)」
見ると、フィルの顔が引きつっていた。
顔と顔の距離が近く、ルーンは眉をひそめる。
「何をしてるの?」
向かい側へ腰を下ろして声を掛けると、フィルは救いを求めるような顔でルーンを見つめた。
「ホワイト。貴方、何をやっているの?」
「私は私のルーンともっと話がしたい」
ホワイトは即答した。
「そうするにはどうしたら良いかと金色の子に聞いている」
「…………」
ルーンは目を丸くした。
自分ともっと話がしたい。
ホワイトは確かにそう言った。
視線を移すと、フィルはすっかり疲れた表情をしている。
「私と話がしたいのなら、私がここにいるんだしすればいいわ。フィルが困ってるから離れなさい」
ルーンは呆れたように言った。
しかし、ホワイトは首を横に振る。
「私のルーン。この問いは私のルーンでは解決できない。金色の子が最善な助言を私に与えてくれるまでは、私は金色の子に問い続ける」
そして再びフィルを見た。
「……金色の子、どうすれば良いだろうか?」
「………」
フィルは無言だった。
もはや何度目かもわからない質問。
「………」
ルーンと会話をしたいという悩みなのに、当のルーンでは解決できないとはどういうことか。意味がわからない。
ルーンはさらに眉をひそめた。
ホワイトは真剣そのもの。
だからこそ質が悪い。
「金色の子」
「……」
「金色の子」
「……」
「金色の子」
答えを待ち続けるホワイト。
フィルは肩を落とし、深く、深くため息を吐いた。




