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ブルーテイル・ハピリス  作者: aki.
3、ダークエルフ

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強い感情は厳禁





 ヴィーが部屋を出てから少しして、エーもその後を追うように廊下へ出た。

 静かな廊下を歩いていると向こうから誰かが歩いてきて、彼女は足を止める。


「朱咲さん!」


 声を掛けると、相手もこちらに気付いて立ち止まった。


「よかった。目が覚めたのね。体は大丈夫?」

「ええ、おかげさまで」


 駆け寄りながら問えば、朱咲は穏やかに微笑む。

 その返事に、エーは胸を撫で下ろした。


「本当によかった」


 だが、すぐに表情を引き締める。


「でも油断はしないでね」

「?」

「ヴィーが言うには、まだ貴女の中には呪いが残っているみたいなの。なるべく除去は進めるつもりだけど、しばらくは強い感情を抱かないように気を付けて」


 エーは真剣な表情で続けた。


「もし刺激されたら、また呪いに引っ張られるかもしれないから」

「……そう。ありがとう。気を付けるわ」


 朱咲は静かに頷く。

 彼女の中にある呪いが、あとどの程度残っているのかはわからない。

 何事も起こらず自然に消えていく可能性もあるが、だが逆に、ほんの些細なきっかけで再び表面化する危険もあった。

 だからこそ注意は必要だ。


「それじゃあ」


 エーは最後に微笑みを向けると、そのまま祭壇のある広間へ向かって歩き出す。

 朱咲はその背中を見送り、そして、一人になった廊下で静かに目を伏せた。


「……」


 昨夜の出来事が脳裏によみがえる。

 教会へ足を踏み入れた瞬間に感じた異様な気配。あれは今まで経験したどの瘴気とも違っていた。

 触れた途端、心の奥深くへ沈めていた感情が抑えきれなくなった。


 清龍への想い。

 長い年月をかけて閉じ込めてきた感情。

 本来ならもう決して口にするつもりのなかった言葉。

 それらが一気に溢れ出してしまった。


「……」


 思い出すだけで胸が重くなる。

 罪悪感がギシギシと胸を押し潰す。


 封術でさえ抑えきれないほどの呪い。

 エーの忠告は決して大げさではない。

 これからは自分の気持ちを上手くコントロール出来るようにしなければ。また引っ張られることのないように。


「……はぁ」


 朱咲は小さく息を吐くと、再び歩き出す。

 向かう先は清龍のいる部屋。

 顔を合わせた時の第一声を何にするか考えながら、彼女は足を進めた。



+



 祭壇のある広間へ戻ったエーは、静かに中央へ立っていた。

 周囲にはまだ微かに呪いの残穢が漂っている。

 普通の人間には見えないが、それは確かに存在していた。


「………」


 エーは目を閉じ、足元へ魔法陣を展開させる。淡い光が床いっぱいに広がり、同時に呪文を唱えた。

 瞬間。彼女の背中から純白の羽根が現れる。大きな翼は音を立てて広がり、教会の空気を揺らした。


 離れた場所で腕を組んでいたヴィーが静かにその様子を見守る。


「……光よ。闇を祓え」


 詠唱を続ける。

 魔法陣が輝きを増し、そこから放たれた光が床を走って壁を駆け上がり、教会全体へ広がった。

 光は目に見えない呪いを包み込む。黒い靄のようなものが浮かび上がり、共に粒子となって消えていった。


 少しずつ。

 確実に呪いの気配が薄れていく。


「……っ」


 エーの眉が寄り、額には汗が滲む。

 それを見て、ヴィーは眉をひそめた。


「おい、無理するな」

「大丈夫……」


 返ってきた声は少し苦しそうだった。

 だが魔法は止まらない。


「(あと少し……)」


 胸の前で組んだ両手に力を込める。

 深く息を吸い込み、最後の力を注ぎ込んだ。


 そして、教会に漂っていた残穢は完全に消滅し、光が静かに消えていく。

 足元の魔法陣も薄れ、やがて跡形もなく消えた。白い翼も粒子となって空へ溶けていく。


「……ふぅ」


 エーはゆっくりと目を開いた。

 その直後、足元が大きく揺れる。


「!」


 身体が傾いて倒れかけるも、ヴィーが素早く支えた。


「っと」


 しっかりと肩を抱えられる。


「おつかれさん」


 優しい声。

 エーは安心したように笑った。


「ありがとう」


 そこで扉が開く音が聞こえる。

 振り返ると、清龍と朱咲が広間へ入ってきていた。


 二人はすぐに異変に気付く。

 先ほどまで感じていた重苦しい気配が綺麗に消えていた。

 思わず顔を見合わせる。


「もう大丈夫よ。残穢は全部消えたわ」


 エーはヴィーから離れながら言った。

 清龍は周囲を見渡す。確かに何も感じない。


「そのようだな。……だが、どうやって?」

「それは……」


 少し驚いた様子で頷き、問いかける。

 エーは言葉に詰まった。

 説明が難しい。

 そんな彼女を見て、ヴィーが代わりに口を開いた。


「俺らは天族だからな。残穢を消すくらい朝飯前だ」

「………そうなのか」


 肩をすくめながら言うと、清龍は納得したように頷いた。

 細かく追及するつもりはないようで、しばらく沈黙が流れた後、彼は二人の前まで歩み寄る。


「まだ礼を言ってなかったな。助けてくれて感謝する」


 そう言うと頭を下げた。

 そのあとで、彼のあとから歩いてきた朱咲も続いて頭を下げる。


「私からも。本当にありがとう」

「君たちがいなければ、俺たちは二人ともやられていた。もっと警戒するべきだった。不甲斐ないな」

「本当に無事でよかったわ。この大陸を守護する聖獣たちに何かあったら大変だもの」


 エーは首を横に振り、柔らかく微笑む。


「……私たちのことを知っているの?」


 朱咲が目を丸くする。

 エーはヴィーと顔を見合わせた。


「ええ。貴女たちについて詳しい仲間がいて…その人から教えてもらったの」

「俺たちに詳しい仲間…?」

「それはもう凄い勢いで熱弁されて。途中から情報量が多すぎて聞くだけで大変だった」


 思い出しただけで圧倒される。

 ヴィーもその様子を思い出し、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。



+



 そして、一通り話が終わった後。

 ヴィーは腕を組んで清龍たちに尋ねる。


「それで、お前たちはこれからどうするんだ?」

「俺は帰る。待たせてる奴らがいるからな」


 清龍の脳裏に桃華と依千蔵たちの顔がよぎる。

 ヴィーは納得したように頷き、次に朱咲を見た。


「私はここに残るわ。少し調べたいことがあるの」

「そうか」


 肩をすくめる。

 そして少し考えた後、彼はエーの方に顔を向けて言葉を続けた。


「じゃあ俺もここに残るよ。朱咲の中にある残りの呪いを消さないとだからな」

「わかった」

「完全に除去できるまで時間が掛かるだろうから、それまではお互いに自由に過ごすってことでいいよな。…俺はここにいるとして、お前はどうす…る…」


 聞いた瞬間、ヴィーは激しく後悔した。

 言葉を続けていくにつれて彼女の表情は輝きを増していき、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに目をキラキラとさせる。


「なら私、清龍さんと一緒にサクラ村に行く!」


 清龍と朱咲の視線もエーに向く。

 ヴィーは嫌な予感を覚えた。


「……理由は?」


 だいたい見当は付くが、一応聞いてみる。

 するとエーの目がさらに輝いた。


「あのねっ。サクラ村には温泉があるって聞いたの!それを知った時、もう気になって仕方なくて!」


 エーは拳を握り、ぐいっと身を乗り出す。


「ここに来る途中も、ずっとそのことばかり考えてたの!」


 満面の笑みで言う。

 まるで宝物を見つけた子供のような顔で、しばしの沈黙の後、ヴィーはジト目になった。


「……温泉バカが」


 ぽつりと呟く。

 そのまま深いため息を吐くが、エーはそんな反応など気にも留めず、清龍に村にある温泉は露天風呂なのかと聞いていた。



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