表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブルーテイル・ハピリス‐世界に嫌われているダークエルフが世界を救っては駄目ですか?‐  作者: aki.
3、ダークエルフ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

193/280

待つ人、待たれる人





 言葉通り、清龍は帰ってこなかった。


 翌日。

 桃華はひとり、通学路を歩く。


 空を見上げれば、淡い桜色の花弁が風に乗って舞っていた。いつもと変わらない穏やかな景色。

 世界は相変わらず何もなかったかのように動き、静かに時を刻んでいた。


「桃華姉ちゃん!」


 そこへ、後ろから聞き慣れた声が響く。

 振り向くと、依千蔵が駆け足で追いかけてきた。


「依千蔵くん…」

「はぁ。…ルーンたちに聞いたら、先に行ったって言うから…」


 隣まで来ると肩で息をしながら歩調を合わせる。


「……結局、兄ちゃん帰ってこなかったな」


 依千蔵は空を見上げながら呟いた。

 その言葉に桃華は小さく頷く。


「清が帰ってこないのは、たまにあることだよ」

「そりゃそうだけどさ」


 依千蔵は少しだけ唇を尖らせた。


「昨日、兄ちゃんが出て行ってから姉ちゃんずっと起きてただろ」

「まあ、帰ってくるかもしれないからね」

「姉ちゃんが寝てても兄ちゃんは何も言わないよ」

「そうかもしれないけど。でも、帰ってきた時に誰かが出迎えてくれたら嬉しいでしょ?」


 桃華が柔らかく笑うと、依千蔵は呆れたように肩を落とす。


「……今日の授業、寝ないといいな」


 一瞬きょとんとした桃華だったが、すぐにまたくすりと笑った。


「ふふっ。心配してくれてありがとう」


 その笑顔は穏やかだった。

 だが目元にはうっすらと疲れが残り、昨夜ほとんど眠れなかったのは明らかだった。

 依千蔵はそんな桃華を見て、眉尻を下げる。


「……姉ちゃん」

「ん?」


 しばらく歩いた後、彼は少しだけ真面目な声で桃華に呼びかけた。


「姉ちゃんはさ。兄ちゃんが何してるか気にならないのか?」

「え?」

「俺は気になる」


 桃華は目を瞬かせる

 依千蔵は前を見たまま続けた。


「時々だけど、兄ちゃん傷だらけで帰ってくるじゃん。転んだだけだって言うけど、絶対嘘だし」


 桃華の表情がわずかに曇る。


「刀だって護身用とか言ってるけどさ。たまに折れてることあるんだぞ」


 言葉を重ねるごとに、その声は小さくなっていった。


「…一回だけ聞いたことあるんだ」

「何を?」

「兄ちゃんに、俺たちに隠れて何やってるのかって」

「……答えてくれた?」

「ううん」


 依千蔵は拳を握る。


「見事にはぐらかされた」


 桃華は静かに聞き、風が吹き抜ける。

 舞い上がった花弁が二人の間を横切った。


「兄ちゃんのやることに俺が関係ないのはわかってる」


 依千蔵は言う。


「でもさ。話してくれないと、心配しようにもできないっていうか…」


 桃華は黙っている。

 依千蔵は少し迷った後、言葉を続けた。


「なあ。姉ちゃんからも聞いてくれないか」

「私が?」

「姉ちゃんが聞けば、兄ちゃんも答えてくれるかもしれないだろ」

「……私が聞いても、清は何も言わないよ」


 桃華は小さく首を横に振る。

 依千蔵が顔を向けると、桃華は少しだけ寂しそうに微笑んだ。


「あの人はそういう人だもん」


 そう言って彼女は空を見上げ、そっと左手の甲に浮かぶ刻印に触れる。

 揺れる瞳の奥には、不安とも諦めともつかない感情が浮かんでいた。



+



「……」


 意識が浮上する。

 重い瞼をゆっくり持ち上げると、見慣れない天井が視界に映った。


 清龍はゆっくりと首を動かす。

 ひび割れた壁。崩れた漆喰。

 割れた窓ガラスから差し込む白い光。


 どうやらまだ教会の中らしい。


「……」


 身体を起こそうとすると、頭の奥が鈍く痛んだ。

 わずかに視界が揺れる。

 気分も完全には戻っていない。


「あ。起きた?」

「!」


 不意に声がした。

 清龍は反射的に顔を向ける。

 窓際の椅子に、一人の女性が腰掛けていた。

 朱い髪が風に揺れている。

 手にしていた本を閉じると、彼女は微笑みながら立ち上がった。


「……君は」


 清龍は額を押さえながら身体を起こす。

 女性はゆっくりと歩み寄り、ベッドの端へ腰掛けた。


「エーよ。その様子なら大丈夫そうね。よかったわ。間に合って」


 穏やかな笑み。

 意味のわからない言葉に清龍は眉をひそめた。


「間に合う?」

「貴方は呪われかけていたのよ」

「………!」


 エーは静かに頷く。

 その瞬間、清龍の目が見開かれた。

 昨日の出来事が脳裏をよぎる。


「この教会には呪いの残穢が大量に残っていたの。貴方たちは運悪く、その残り香に当てられたのね」

「……朱咲は?」


 清龍は唇を噛む。

 最初に出たのはその問いだった。

 安心させるようにエーは微笑む。


「彼女も無事よ。別の部屋で眠っているわ」

「……そうか」


 それを聞いて、清龍は小さく息を吐いた。

 胸の奥に張りつめていたものが少しだけ緩む。

 その様子を見て、エーは立ち上がった。

 扉に向かい、ドアノブに手を掛ける。


「しばらく休んでいて。貴方が目を覚ましたことを仲間に伝えてくるわ」


 エーは軽く手を振ると、部屋を出ていった。


 扉が閉まる音が響く。

 その後に続く足音も徐々に遠ざかっていき、部屋には静寂が訪れた。


「……」


 清龍は胸元へ手を当てる。

 大丈夫。鼓動は落ち着いている。

 だが、心の奥には嫌な感覚が残っていた。


 呪われかけていた。と、エーはそう言った。

 だが本来ならあり得ない話だった。


 自分にも朱咲にも、呪いや穢れを退ける封術がその体に刻まれている。

 普通の悪意や瘴気程度では影響を受けないはずだ。それなのに。

 朱咲は正気を失い、そして自分は幻覚に呑まれ、意識まで失った。


「……」


 それだけ、この場所に蠢いていた気配は異常だったということだ。


「っ、」


 頭の奥がずきりと痛む。

 清龍は眉をひそめ、息を吐いた。

 そして再びベッドへ身体を預ける。


 天井を見上げる。

 割れた窓から吹き込む風が頬を撫でた。

 まだ気分は優れず身体も重い。


「…………」


 清龍は目を閉じる。


 意識の奥には、未だ桃華の幻が焼き付いたままだった。

 その姿は消えず、静かに胸の内へ残り続けていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ